高血圧の薬について
【はじめに】
血圧というのは、心臓から全身に血液を送り出すときに、血管壁に及ぼす圧力を指しますが、ご存知のように血圧には「収縮期血圧」と「拡張期血圧」とがあります。よく血圧について「上がいくつ、下がいくつ」と言いますが、このときの「上」というのが収縮期血圧で、「下」が拡張期血圧のことを指すわけです。
収縮期血圧というのは、心臓が収縮して血液を送り出すときの血圧で、逆に拡張期血圧は心臓が拡張して心臓自身に血液が流れ込むときの血圧になります。
WHO(世界保健機構)では、収縮期血圧140mmHg以下「かつ」拡張期血圧90mmHg以下を「正常血圧」とし、収縮期血圧160mmHg以上「または」拡張期血圧95mmHg以上を「高血圧」と呼んでいます。正常血圧と高血圧の間を「境界型高血圧」としています。
高血圧は大きく分けると、次の2つがあります。
一つは「本態性高血圧」と呼ばれているもので、他に疾患がないのに血圧だけが上がるものです。原因はまだはっきりわかっていませんが、高血圧の95%以上は、この本態性高血圧と呼ばれるものです。
もう一つは「二次性高血圧」と呼ばれています。二次性高血圧は、腎臓や副腎が悪いというように、高血圧の原因となる別の疾患が存在するもので、この場合は高血圧の原因となっている疾患を治療することが重要で、その病気が治癒することによって、血圧も正常に戻るのが普通です。
二次性高血圧は、高血圧症全体の5%以下にすぎないので、普通に高血圧と呼んでいる場合は、ほとんどが本態性高血圧を指し、ここでも本態性高血圧について記載していくこととします。
【高血圧がなぜ良くないか?】
高血圧が直接臓器である脳や心臓、腎臓に悪影響を与え、これが死因となることがあります。脳出血、心不全、腎不全などがありますが、最近は降圧薬による治療により、こうしたことは少なくなってきています。
一方、血圧が高いままの状態が長く続くと「動脈硬化」が進行します。動脈硬化は加齢に伴う老化現象の一つでもありますが、最近では食事内容の変化に伴って、高脂血症や糖尿病の患者さんも増加しており、動脈硬化が進行しやすい状況にあるといえるでしょう。高血圧症は動脈硬化をさらに促進させてしまいます。
その結果、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患や、脳梗塞などの脳血管障害を起こし易くなります。
実際の統計でも「高血圧の人と正常血圧の人を比べると、どの年齢層でも高血圧の人の方が、正常血圧の人より寿命が短い」というデータが出ています。
【血圧は一定ではありません】
血圧は常に一定のものではなく、1日のうちでも変動します。眠っている間は低く、起きて活動すると上昇してきます。これを血圧の「日内変動」といいますが、活動することによって交感神経に緊張が起こり、心拍出量を増やしたり、末梢血管を収縮するホルモン(ノルアドレナリンなど)分泌を促したりします。さらに体が消費するエネルギーが増えるので、それに見合うように血液を体内の細胞に送り込むため、心拍出量も増えるわけです。
また血圧は日内変動のほかにも、いろいろな要因によって変動しますが、なかでも精神的緊張は血圧を非常に上昇させます。これは交感神経が緊張(興奮)することによるもので、心拍数も増えてきます。
さらにもう一つ大切なものに「白衣性高血圧」というものがありますが、これは病院で看護婦さんや医師に血圧を測ってもらったときに、通常より高い値を示してしまうというもので、これも不安感などの緊張によって、思ったより大きく血圧が上昇してしまう場合があります。
また他にも寒いときには血圧は上昇します。
このように病院などで1回測定した血圧が高いからといって「高血圧」と断定はできません。正しい血圧を知るためには、1日の特定の時間(朝起きたときや、寝る前など)の安静時に、何回か測ってみて、はじめて血圧の状態を知ることができるわけです。
【高血圧の一般療法】
高血圧の治療では、降圧薬を服用して血圧をコントロールする「薬物療法」が広く知られていますが、その他にも「一般療法」と呼ばれる非薬物療法があります。
一般療法は高血圧の治療の基本とも言うべきもので、食事療法や運動療法などの生活療法がこれにあたります。
食事療法では、まず「食塩」の摂取量を少なくすることがポイントになります。食塩の摂取量が多いと血圧が高くなる傾向があるためです。
また「肥満」は、直接血圧を高めるだけでなく、動脈硬化を促進させる要因にもなりますから、両方の意味からも肥満は避けなければなりません。肥満している場合は摂取エネルギー(カロリー)量を抑えて、肥満の解消を目指します。
アルコールも、やはり血圧を高める要因になるので、飲み過ぎないように気をつけることが大切です。
運動不足や過剰のストレスも血圧を上げる要因になります。運動療法は運動不足やストレスの解消だけでなく、肥満の解消にも役立ちます。特に激しい運動は必要ではありませんので、散歩などの軽い運動を毎日欠かさず行なう方が、高血圧の治療には有効です。
軽症高血圧の大部分の人は、こうした一般療法を行なうだけで、血圧をコントロールすることが可能です。
【高血圧の薬物療法】
上記のような一般療法だけで、良好な血圧のコントロールが得られない場合は、薬物療法を行なうことになります。
高血圧の治療に主に使用される薬としては、降圧利尿薬、β−遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)、カルシウム拮抗薬の4種類が、第一次選択薬とされていますが、他にもα−遮断薬などの分類の薬もあります。
以下に、それぞれの分類の代表的な薬を「商品名」で挙げてみました。
降圧利尿薬− フルイトラン、エンデュロン、アルダクトンA、トリテレン、ラシックス、オイテンシン
β遮断薬− インデラル、ミケラン、テノーミン、カルビスケン、メインテート、セロケン、セレクトール、(ローガン、アルマール、トランデート)
ACE阻害剤−カプトリル、セタプリル、アデカット、チバセン、ロンゲス、タナトリル、コナン、レニベース、インヒベース、エースコール
Ca拮抗薬− アダラート、ペルジピン、ニバジール、カルスロット、ヒポカ、バイミカード、コニール、アムロジン、ノルバスク、セパミット、ヘルベッサー
α遮断薬− ミニプレス、バソメット、デタントール、エブランチル、カルデナリン
これらの薬は、それぞれに作用機序や副作用の面で特徴があるため、患者さんの状態にあわせて薬が選択されることになります。
1.降圧利尿薬
降圧利尿剤は、その名のとおり体内の水分を尿として排泄するのを促進して、体液量を減らすことにより血圧を下げる働きを持っています。
利尿剤の作用機序について触れる前に、尿の生成のメカニズムについて説明してみます。
尿は腎臓の「ネフロン」という活動単位において、次のような流れで作られていきます。
腎動脈血流 → 腎糸球体で濾過(1日180L)
→ 尿細管でナトリウムイオンなどと共に再吸収→集合管で水分再吸収→尿生成(1日1.5L)
まず腎動脈を通って流入した血液は、糸球体というところで濾過されますが、この時には水分や水溶性成分が濾過されて、血球やタンパク質は濾過されません。
こうして濾過されたものを原尿と呼びますが、原尿は実に1日180Lにも及びます。この大量に濾過された原尿は、次に尿細管と呼ばれる細い管を通過していくうちに、ナトリウムイオンなどの電解質とともに再び吸収されていきます。
尿細管はさらに「近位尿細管」、「ヘンレ係蹄」、「遠位尿細管」という部位に分けられますが、今回「利尿剤」として取り上げる薬は、この尿細管における再吸収を抑制することによって、利尿作用を発揮していきます。
尿細管で再吸収されたのちに、さらに今度は集合管という所で抗利尿ホルモンの働きによって水分が吸収され、最終的に尿となるのは1日に1.5Lとなり、はじめに糸球体で濾過された原尿の、実に99%が再吸収されるというメカニズムが腎臓にあるわけです。
利尿作用を有する薬には、いくつかの種類があり、コーヒーなどに含まれるカフェインでも利尿作用があることは有名ですね。
高血圧に用いられる利尿剤、いわゆる「降圧利尿剤」として用いられている薬は、大きく分けて以下の3つに分類されます。それぞれの利尿薬によって、作用する部位が異なり、また副作用も相反するものがあるので、自分が服用している薬は、どの分類に含まれるのかを知っておくことは、大切なことだと言えるでしょう。
@チアジド系利尿薬(フルイトラン、エンデュロンなど)
比較的古くから使われている利尿剤で、副作用なども幾つか報告されているものの、今でも多くの方に使われる代表的な利尿剤の一つです。
腎ネフロンの遠位尿細管前半部に作用して、ナトリウムイオン、クロル(塩素)イオンの再吸収を抑制し、結果として水分やカリウムイオン、マグネシウムイオンの排泄も促進して、利尿作用を発揮します。このうちカリウムイオンの排泄促進は、副作用として「低カリウム血症」を起こす要因になります。低カリウム血症は血液検査で勿論判別できますが、症状としては筋力低下、無欲、衰弱、低血圧、不整脈などが起こり、特にジギタリス剤(ジゴキシンやジギトキシン)を併用している場合は、ジギタリス剤の毒性を増大させるので注意が必要です。
このため本系統の利尿剤では、カリウム剤(アスパラKやグルコン酸カリウム、スローKなど)と組み合わせて処方されたり、後述の「カリウム保持性利尿薬」と併用して処方されることが多いものです。従ってこのような場合には、勝手に他方の薬を中止したりすると、カリウム値に影響を及ぼしてしまうので注意して下さい。
他にチアジド系利尿剤は、糖代謝や尿酸値に影響を及ぼすことが知られています。長期投与により血糖値上昇、耐糖能低下をきたすことがありますが、これは低カリウム血症の持続によるインスリン分泌低下と、各組織でのインスリン作用の抑制に基づくと考えられているため、適切なカリウムイオン濃度をコントロールしていく事が大切になるわけです。
また高尿酸血症(これが高値だと痛風発作の原因になります)や、高脂血症(動脈硬化の原因になります)を起こしやすいことも知られています。
これらの理由から、糖尿病や痛風、高尿酸血症の患者さんには使いにくい薬剤であるといえるでしょう。
Aループ利尿薬 (ラシックス、オイテンシン、ルネトロンなど)
利尿薬の中では最も強い作用を持っています。おそらく現在、使われる頻度の最も多い利尿剤といえるでしょう。作用部位は尿細管の主にヘンレ係蹄(この部分をループと呼ぶので「ループ利尿薬」といいます)上行脚というところで、ナトリウムイオンやクロル(塩素)イオンの再吸収を抑制し、結果として水分の排泄を促進して利尿作用をあらわします。作用が強力なことから浮腫性の疾患に適しており、例えば心不全に対して心臓への負荷を軽減させたり、肝硬変における腹水の軽減、ネフローゼ症候群や、さらには尿路結石の排出促進などに、それぞれ応用されて使われている薬でもあります。また逆に電解質に与える影響も大きいため、チアジド系利尿剤と同様、あるいはそれ以上に低カリウム血症などの電解質バランスには注意が必要となります。さらに心不全にも用いられることから、ジギタリス剤との併用投与がなされる場合には特に注意が必要です。チアジド系利尿薬と同じく、カリウム剤(アスパラKやグルコン酸カリウム、スローKなど)と組み合わせて処方されたり、「カリウム保持性利尿薬」と併用して処方されることが多く、どちらか一方
を勝手に中止することは危険です。
高血圧症に対しては、徐放性製剤(オイテンシンなど)を用いることで、急激な利尿を緩和することができるため、よく使われています。
またチアジド系利尿剤と同じように、糖代謝や尿酸値に影響を与えることが知られており、血糖値上昇については「低カリウム血症」の持続によるインスリン分泌低下が、尿酸値上昇については尿酸の排泄抑制作用が、それぞれ糖尿病や痛風の誘因となってしまうので注意が必要です。
他の副作用として、聴覚障害が知られており(急激な利尿をかけた場合に起きる)、難聴などの症状を感じたら主治医に申し出るようにしましょう。
さらに光線過敏症が起こることがあります。これは光にあたった部位に皮膚炎を起こすもので、一見薬とは関係ないように思いますが、注意してみて下さい。
Bカリウム保持性利尿薬 (アルダクトンA、トリテレンなど)
上記のチアジド系利尿薬やループ利尿薬とは逆に、カリウムを体内に保持する作用を持った利尿薬です。このためチアジド系利尿薬やループ利尿薬と組み合わせて、カリウムイオンのバランスを調節したり、もともと低カリウム血症の患者さんに適している薬剤となるわけです。
作用機序はアルダクトンAでは、アルドステロンと呼ばれる副腎皮質から分泌されるホルモンの働きを阻害します。このアルドステロンというホルモンは、腎臓の遠位尿細管や集合管においてナトリウムイオンの再吸収を促進し、カリウムイオンを排泄させる働きを持っているため、このホルモンの作用を阻害することによって、逆にナトリウムイオン排泄、カリウムイオンを保持させ、利尿作用ももたらします。ただし利尿作用はそれほど強いものではなく、高血圧症に対する降圧作用も弱いので、カリウムを保持させるという作用が、もっぱら有用性の高さの理由になっています。
副作用として、単独では高カリウム血症をもたらしてしまうため、ジギタリス剤併用では効果を弱めます。他にはホルモンのバランスに影響を与えてしまい、男性では女性化乳房や性欲減退、女性では多毛、月経不順が起こることがあります。
トリテレンについては、アルドステロンの働きを阻害する作用がない事が知られていますが、やはりカリウムを保持する利尿作用があります。利尿作用は、やはりそれほど強くなく、カリウムを保持させることが大きな有用性として用いられる薬となります。アルドステロンと関係ないので、アルダクトンAでみられるホルモン系副作用がみられないことも、一つの特徴といえます。
これら一連の利尿薬については、高血圧に対して古くから用いられてきた薬ですが、基本的にナトリウムイオンやクロル(塩素)イオンを排出させる働きがあるため、塩分摂取の多い日本人には比較的適した薬剤であるともいえます。ただ一方では高脂血症や糖尿病、痛風など、最近の食生活の変遷に伴う代謝系の疾患も増えてきていることから、これらを悪化させてしまうことに対する注意が、ますます必要になってきていることも事実です
2.β−遮断薬
交感神経が刺激されると血圧が上昇しますが、交感神経には大きく分けて「α」と「β」の2種類の「受容体」と呼ばれる経路を持っていて、この受容体がアドレナリン(エピネフリン)やノルアドレナリン(ノルエピネフリン)などの神経伝達物質を、文字どおり受容して興奮を伝達する働きを持っています。
β−遮断薬というのは、この交感神経のβ受容体を遮断することによって興奮を抑制し、血圧を下降させる働きがあります。
ところで交感神経β受容体には、さらにβ1とβ2の2つのサブタイプがあり、それぞれ局在部位やあらわれる作用が異なってきます。具体的にはβ1受容体刺激では心臓において心収縮力や心拍数を増やす作用があり、脂肪組織では脂肪を分解する働きを持っています。もう一方のβ2受容体刺激では、気管支平滑筋を弛緩して気管支を拡張したり、子宮平滑筋を弛緩する働きがあります。このためβ受容体(特にβ1)を遮断する薬は高血圧症の他にも不整脈や狭心症の治療に応用され、逆にβ受容体を刺激(特にβ2)する薬は気管支喘息や切迫流産の防止に応用されています。
非常に重要なことですが、これらのことは逆に副作用とも密接な関係にあり、例えば、いくら不整脈や狭心症の治療であっても、その患者さんが気管支喘息の患者さんであればβ遮断薬の投与は不適切となりますし、逆に気管支喘息の治療においても、患者さんの背景に不整脈や高血圧を有している場合にはβ刺激薬の投与は要注意ということになってくるわけです。
現在使われているβ遮断薬には、いくつかの種類がありますが、それぞれに特徴を持っています。その特徴について具体的に取り上げてみましょう。
@β1とβ2受容体の遮断作用に選択性があるかどうか?
ここで言う選択性というのは「いかにβ1受容体を選択的に遮断するか?」という事で、選択性が必ずしも高ければ良いというものでもありませんが、患者さんの病態によって、不必要な作用(結果として副作用となってしまう)を減らすことができる可能性があります。
β1とβ2受容体に対する選択性を持たない薬としては、インデラル、カルビスケン、ミケラン、アルマール、トランデートなどがあり、逆にβ1受容体に選択性を有する薬はセロケン、メインテート、セレクトール、テノーミンなどがあります。
A内因性交感神経刺激作用(ISA)を持っているかどうか?
内因性交感神経刺激作用(ISA)というのは、β遮断薬であるにもかかわらず心臓のβ受容体を刺激したり、末梢血管のβ受容体を刺激して平滑筋を弛緩させる働きを持っているという作用で、これを持っている場合は心拍数の減少や血管収縮作用が弱められるため、徐脈や皮膚の冷感などの副作用が少なくなるという特徴がります。その反面β遮断薬として不整脈を抑える効果は弱くなることになるわけです。
ISAを有する薬剤としては、カルビスケン、ミケラン、セレクトールがあり、ISAを持たない薬剤がインデラル、セロケン、メインテート、テノーミンなどです。
Bα受容体遮断作用を併せ持つ薬
交感神経のα受容体にも、α1とα2のサブタイプ受容体が存在することが知られています。このうちα1受容体を遮断する薬(後述)でも、血圧を下げる効果があります。最近では、β受容体遮断作用に加えてα1受容体遮断作用を併せ持つ薬が登場してきています。また、この中でもαとβ受容体の遮断作用にそれぞれ異なる選択比を持っています。
α受容体遮断作用を併せ持つ薬剤としては、トランデート、アルマール、ローガンなどがあります。
β遮断薬は、上記のような各薬剤の特徴を生かして、患者さんそれぞれの症状に合わせて選択・処方されることになります。このため、ある患者さんにとって主作用となる作用も、別の患者さんにとっては副作用となってしまうこともあるわけです。
一般的な副作用としては、気管支喘息の悪化・誘発、心不全(心収縮力抑制作用による)、四肢冷却(末梢血管拡張を抑制する作用による)などがあり、また糖尿病で血糖降下剤を使用している場合は低血糖を誘発することがあるので注意が必要です。
3.アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤
アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、高血圧治療薬としては比較的新しい分類の薬剤で、ACE(エース)阻害剤と略して呼ばれることが多いものです。
名前のとおり、アンジオテンシン変換酵素を阻害することにより血圧を下げる働きがありますが、薬について触れる前に、アンジオテンシンという物質が、血圧に対していかなる働きを有しているかについて説明してみることにしましょう。
血圧は生体の各組織に血液を送る上で、非常に重要であることは改めて申し上げるまでもありませんが、この血圧を維持させるにはいろいろな機構が関与しています。
その中で非常に重要な機構の一つに「レニン−アンジオテンシン系」の機構があります。
動脈血圧が急に下がるなどして腎臓の血流量が減ると、この「レニン−アンジオテンシン系」が活性化されるのですが、この反応は腎臓で「レニン」というホルモンが分泌されることによって始まります。腎動脈を通って流入する血液は、輸入細動脈という細い血管を通り、その後ネフロンに入って糸球体で濾過されていきますが、この輸入細動脈の壁のところに「旁糸球体細胞」と呼ばれる組織があり、血流量が低下すると、この旁糸球体細胞からレニンが分泌されます。レニンはアンジオテンシノーゲンと呼ばれる肝臓で作られる血漿タンパクに作用して、小分子の10個のアミノ酸からなるアンジオテンシンTという物質へと分解させる働きを持っています。
アンジオテンシンTは「アンジオテンシン変換酵素(ACE)」によりさらにアンジオテンシンU(8個のアミノ酸よりなる)という物質へと分解され、最終的にはアンジオテンシンVにまで分解されるのですが、これらのアンジオテンシンU及びVが強力な血圧上昇作用を持っています。、両方とも血管収縮作用を持っている上に、アルドステロンの分泌を促進して口渇をも刺激します。アルドステロンは、上記の「利尿剤」の項でも触れましたが、循環血にのって腎に到達して、遠位尿細管からナトリウムイオンの再吸収を促進させる働きがあります。
少し「ややこし」かったかもしれませんが、この血圧を上昇させる機構の中のアンジオテンシンTからUへの変換を触媒する酵素「アンジオテンシン変換酵素」を阻害して血圧を下降させるというのが、この分類の薬の作用機序です。この薬理作用から、血中レニン濃度の高い人の高血圧症に対して有用性が期待できますが、実際には血中レニン濃度が低いような人の場合でも降圧効果が発揮されると報告されています。さらにこの系列の薬で、腎臓でのナトリウム利尿作用や、末梢血管を拡張して心臓の負担を軽くする作用、心筋の肥大を抑え、障害された心筋の修復を助ける作用などを有していて、軽症の心不全の治療に応用される薬(レニベース)もあります。また糖質・脂質代謝系への影響がほとんどないので、高度の腎障害がなければ糖尿病や高脂血症の患者さんにも使いやすい薬といえるでしょう。
この系列の薬を服用するにあたって、まず注意しなければならない事は、初回投与時に過度の血圧低下を招いてしまう恐れがあるということで、特に塩分制限がしっかりできていた患者さんや、利尿剤を投与されていた患者さんで注意が必要です。その他の副作用としては味覚異常、空咳、血管浮腫などがありますが、味覚異常については亜鉛の欠乏によるものと推定されています。空咳は文字どおり乾性で痰のからまない咳が特徴です。これらの症状については、最近では改善された薬剤が登場してきました。血管浮腫については、呼吸困難を伴う顔面、舌、声門の腫脹などの症状であらわれるので、これらの症状があらわれた場合には服薬を中止して速やかに受診する必要があります。
4.カルシウム拮抗薬
カルシウム拮抗薬についても、高血圧治療薬としては比較的新しい分類の薬剤ですが、おそらく我が国で最も高血圧症に対して使用されている薬剤でもあります。
「カルシウムチャンネル遮断薬」とも呼ばれることがあるように、主な作用は心筋や血管平滑筋のカルシウムチャンネルを遮断することにより、血圧を下降させます。薬について触れる前に、心筋や血管平滑筋においてカルシウムイオンが、いかなる働きを有しているかについて説明してみることにしましょう。
心筋や血管平滑筋などの細胞において、細胞内のカルシウムイオン濃度は、細胞外と比較すると約10000倍低い濃度に保たれています。この濃度の差は細胞膜に存在するポンプによって作り出されるものですが、細胞内のカルシウムイオンの濃度が増加すると、心筋や血管平滑筋の収縮は増加します。これは細胞内のアクチンやミオシンと呼ばれるタンパク質が、互いに滑り込むようにして収縮する機構がありますが、これを制御しているのがトロポニンやトロポミオシンというタンパク質なのです。ここにカルシウムイオンが流入することによって、この制御が解かれ、心筋や血管平滑筋が収縮するというしくみになっています。このためカルシウムイオンの流入が少なくなると、心筋や血管平滑筋が弛緩されて血管抵抗が下がり、血圧も低下することになります。
この機構の中で、「細胞内外のカルシウムイオンの濃度勾配を調節しているポンプ」を阻害する働きがある薬が、カルシウム拮抗薬です。
一口にカルシウム拮抗薬といっても、いくつかの分類に分けられ、それぞれの分類によって性質が異なってくるのですが、今回述べている高血圧症の他に、狭心症や不整脈、脳循環改善に対しても、各々の特質を生かして応用されています。高血圧症に対してはジヒドロピリジン系の一連の薬剤と、ベンゾチアゼピン系の薬剤が用いられます。
@ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬 (アダラート、セパミット、ペルジピン、ニバジール、カルスロット、コニール、アムロジン、ノルバスク、ヒポカ、バイミカードなど)
カルシウム拮抗薬の中でも最もよく使われ、なおかつ種類の多い分類の薬です。代表的な薬は成分名ニフェジピン(商品名アダラート)になりますが、最近は徐放性で1日1回服用の新しい薬が増えてきています。この系統の薬は顕著な血管拡張作用を持ち、降圧作用も強く発揮しますが、反面、初回投与時には血管拡張作用により顔面紅潮やほてり、頭痛などの症状があらわれることがあります。これらの症状は服用を継続していくにしたがって消失していくことが多いものなので、最初はびっくりされる方もみえるようです。また初回投与時に血圧下降作用を発揮したとき、反射的に心拍数の増加をもたらしますが、これは交感神経が降圧に伴って刺激されるためで、狭心症の患者さんではマイナスの作用になってしまいます。他には、やはり血管拡張作用の結果として末梢の浮腫(足部の浮腫など)や肺浮腫、咳があらわれることもあるほか、特徴的な副作用として歯肉肥厚や(男性の)女性化乳房が知られています。歯肉肥厚を予防するために、プラークコントロールに注意するように心がけたいものです。
また、相互作用としてグレープフルーツジュースと併用すると、ジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗薬(ニフェジピン)の血中濃度が上昇して、作用が強く出過ぎてしまうことが報告されています。これはグレープフルーツ中に含まれるフラボノイド(フラノクマリン?という報告もある)が、カルシウム拮抗薬の代謝を阻害することによるもので、オレンジジュースなどでは、この作用はありません。このためカルシウム拮抗薬服用中は、グレープフルーツは摂取しないように注意してください。
Aベンゾチアゼピン系カルシウム拮抗薬 (ヘルベッサー)
血圧を下げる作用はジヒドロピリジン系の薬と比較すると、それほど強いものではありませんが、心臓の収縮力や心臓の刺激伝導系に対する抑制があるため、心拍数が減少するという特徴があります。このため頻脈傾向の患者さんには適した薬剤となりますが、反面、徐脈の副作用となってしまう方もみえます。特に上記のβ遮断薬と併用すると、心抑制や徐脈が助長されるので、併用には注意が必要です。
他に心筋の酸素消費量を抑制する働きがあるため、狭心症の治療にも応用され、高血圧があって狭心症もあるというような患者さんには適した薬であるといえるでしょう。
5.α遮断薬
交感神経には「α」と「β」の2つの受容体が存在することは、β遮断薬の項でも書きましたが、このうちα受容体については、β受容体と同じようにα1とα2の2つのタイプが存在します。これらの受容体は、それぞれに異なる働きを持っているのですが、、基本的に大きな違いとして、α1受容体はノルアドレナリン(ノルエピネフリン)による刺激伝達を受容するのに対し、α2受容体はノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の交感神経シナプス前膜という部位に働いてノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の遊離を抑制する作用があります。つまり、同じノルアドレナリン(ノルエピネフリン)という伝達物質に対しα1は促進、α2は抑制的に働くという、いわば相反する作用を持っているわけです。生体が調節し合う機構を持っているということで、非常に重要なメカニズムでもあります。
具体的にノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の作用、つまりα1受容体を刺激した場合にいかなる作用があるかというと、血管に対しては収縮して血圧を上昇させる効果があるほか、眼には瞳孔散大(瞳孔を開く)、膀胱括約筋を収縮(排尿を止める)する作用などがあります。したがってα2受容体刺激では全く逆の作用を持っていることになるわけです。
では、α遮断薬についてはいかなる作用なのかという事ですが、このように相反する働きを持つα1とα2の受容体を両方とも遮断してしまうと、互いに作用が相殺されてしまいます。少しややこしいかもしれませんが、α1とα2受容体の両方を遮断する薬剤(フェントラミンなど)を投与した場合に、どのような現象が起こるかを書いてみましょう。
α1受容体を遮断することによって、上記のα1受容体刺激によって起こる効果が抑制されるため、血管は拡張(血圧低下)、瞳孔は収縮、膀胱括約筋弛緩などの作用が期待できます。ところがα2受容体も遮断されれば、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の遊離を抑制している働きが抑制(ややこしい!!)されるため、結果としてノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の遊離が促進されることになります。これでは、何のためにα1受容体を遮断しているのかわからなくなってしまいそうですが、もっと大きな問題点は、遊離が促進されているノルアドレナリン(ノルエピネフリン)がβ受容体も刺激してしまうという点です。β受容体は全く遮断されてない状態においては、より強いβ受容体刺激作用があらわれ(これをオーバーフローと呼んでいます)、著しい心促進作用(動悸など)があらわれてしまいます。
これではα1とα2の両方の受容体を遮断する薬は使えませんね。
ここで述べるα遮断薬というのは、実際には「α1受容体に選択的に遮断する薬剤」の事を指しています。ですから厳密に言えば「α1受容体選択的遮断薬」というのが、正しい言い方になります。α1受容体を選択的に遮断することによって、初めて血圧下降などの作用が得られるわけです。また他にも膀胱括約筋を弛緩する作用があらわれるため、ミニプレスなどは実際に「前立腺肥大時の排尿困難」を改善する薬剤としても用いられています。
α1遮断薬を血圧降下剤として用いる場合に、大切な特徴が2つあります。一つは寝ている時よりも立っている時の方が作用を受け易いという点で、起立性低血圧はα遮断薬で特に有名な副作用でもあります。もう一つは循環血液量が少ない場合に作用が一層強くあらわれるという点で、減塩(塩分制限)のしっかりできていた患者さんなど、α遮断薬初回投与時(特に服用後30〜90分の間)は急激な血圧低下に注意が必要となります。他にも空腹時やβ遮断剤の併用で急激な血圧低下が起こりやすいので注意して下さい。また同時に反射性の頻脈があらわれることもあります。
このような初回投与時の危険性には、初回は低用量から開始し、就眠時に限定して服用して、徐々に服用量を増やしていくといった対策がとられることもあります。
以上、代表的な高血圧症に用いられる薬について解説してみましたが、上記の他にまだ幾つかの高血圧症に使われる薬剤もあります。
このように高血圧症の薬には色々な種類の薬があるので、薬物治療に際して単に「血圧を下げる」ということにとどまらず、副次的な反応を考慮して薬剤が選択されるようになってきています。例えば高血圧で前立腺肥大もある患者さんには「α遮断薬」とか、高血圧で頻脈傾向の患者さんにはベンゾチアゼピン系カルシウム拮抗薬の「ヘルベッサー」といったような選択、それに加えて各々の薬剤が持っている副作用の可能性が患者さんに及ぼす影響も選択基準になるわけです。
特に高血圧症は慢性疾患として、薬を長期間服用しなければならないケースが多いため、上記の事を少しでも参考にされて安全に薬を使われるようになればと願っています。