抗生物質について
1.ペニシリン系抗生物質
細菌の細胞壁合成を阻害することによって細菌を殺す働きがあります。細胞壁はヒトの細胞に存在しないため、細胞壁を有する細菌に対して選択的に作用することができるわけです。また逆に細胞壁を持たないマイコプラズマなどには抗菌力を発揮しないことになります。ペニシリン系抗生物質の副作用としては、まず第一に過敏症があります。特にアナフィラキシーショックには注意が必要となります。その他には、過敏症として、蕁麻疹や発疹などの皮膚症状があらわれることがあります。
2.セフェム系抗生物質
作用機序はペニシリン系抗生物質と同様に、ペニシリン結合蛋白(PBP)に結合することによって、細菌の細胞壁合成過程を阻害することで殺菌効果を示します。
セフェム系抗生物質の副作用についても、ペニシリン系抗生物質とほぼ同様です。過敏症は、セフェム系抗生物質でもアナフィラキシーショックを含めた重篤な過敏反応を起こします。
3.マクロライド系抗生物質
作用機序としては、細菌の50Sリボゾームサブユニットと結合してタンパク合成を阻害する」ことによります。また特に組織移行性に優れるのも特徴の一つで、肺や肝臓への移行性が良好なため、マイコプラズマ肺炎を筆頭に呼吸器系の疾患によく使われることが多い薬剤でもあります。副作用としては、偽膜性大腸炎があり、腸内細菌叢の乱れによる下痢・腹痛などの症状には注意をはらう必要があります。
4.テトラサイクリン系抗生物質
作用機序は細菌のリボゾーム30Sサブユニットに結合して、タンパク質合成を阻害させることによって「静菌的」に作用します。
テトラサイクリン系抗生物質では、βラクタム系のような細胞壁の合成過程を阻害するわけではないので、細胞壁を持たない微生物に対しても抗菌力を発揮するほか、マクロライド系抗生物質と違って、グラム陽性菌のみならずグラム陰性菌に対しても効果を示し、他にマイコプラズマ、リケッチア、クラミジアに対しても有効となります。
症状としては悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛、下痢などがあらわれることがあります。
5.アミノグリコシド系抗生物質
作用機序としては、細菌のリボゾーム30S及び50Sサブユニットに結合してタンパク質合成を阻害することが挙げられていますが、実際には、この他の作用機序も存在すると考えられており、複合的に殺菌作用を示すものと思われます。副作用としては、注射剤では第8脳神経障害(ストレプトマイシン、カナマイシン)、腎毒性、ショックなどです。
6.ニューキノロン系抗菌剤
作用機序については、細菌のDNA複製過程において重要な酵素であるDNAジャイレースを阻害することによって、抗菌作用を発揮します。また、相互作用が問題になることがあり、フルオロキノロン抗菌剤と非ステロイド性鎮痛消炎剤を併用投与した場合に、中枢神経系の副作用として痙攣を起こすことがあります。さらに、制酸剤(アルミニウムやマグネシウムを含むもの)あるいは鉄剤との間で相互作用により、フルオロキノロン剤の吸収が低下することが報告されています。この程度には製剤間でバラツキがありますが、併用した場合には通常の0〜50%しか吸収されないものの幾つかあります。このため鉄剤や制酸剤の投与が必要な患者さんにおいては、フルオロキノロン剤の投与後2時間は間隔を空けた後に、これらの薬剤を服用するようにするなどの配慮が必要になります。
朝日新聞ホームページより
抗生物質ってなーに?
この項では、各種抗生物質ならびにニューキノロン系の抗菌薬について順次説明してみます。なお、抗ウイルス薬(ヘルペスや水痘などの薬)や抗真菌薬は含まず、別の項にて取り挙げていくようにします。また抗結核薬(抗生物質も含む)についても、別項で取り挙げるようにしますので御了承下さい。
【抗生物質と抗菌剤について】
抗生物質ならびに抗菌剤というのは、細菌を殺したり増殖を抑えたりする働きを持った薬剤のことですが、「抗生物質」については「種々の微生物種(細菌、真菌、放線菌)により生産され、他の微生物の発育を抑制し、究極的にそれらを破壊する化学物質」と定義されます。微生物が生産する化学物質というのがポイントで、フレミングが青カビからペニシリンを発見したのは有名な話ですね。
ところが最近では科学の進歩によって、微生物を介さずに抗菌力を持った薬剤を合成することが可能となり、こうした化合物では抗生物質の定義から外れるために、「抗菌剤」という呼び方をすることもあります。さらに厳密に言えば抗生物質も抗菌剤に含まれることになり、これらを一まとめに「抗菌剤」と呼ぶことも多いものです。
本項でも以下「抗菌剤」と書いた場合には、抗生物質も含むものと考えて読んでみて下さい。
【抗菌剤の話題】
細菌感染による病気に対して、抗生物質の登場は大きな進歩をもたらしてきました。しかしその反面、最近ではMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を代表とするような、従来の抗生物質では無効の細菌が登場してきており、マスコミなどでも取り挙げられて関心を集めています。この点については、細菌の抗生物質に対する「耐性獲得」(抗生物質が効かなくなるような仕組みを獲得する)と、これに対する抗生物質の改良、そして改良された抗生物質に対する細菌のさらなる耐性獲得という争いが繰り広げられてきたもので、MRSAに対してもバンコマイシンという抗生物質が有効とされていたものが、最近では早くもバンコマイシンに耐性獲得したMRSAの存在が確認されてしまいました。このような経過をたどった背景として、新しい抗生物質の乱用が問題であるとの指摘もなされ、最近では比較的古い抗生物質も使われるようになってきています。
また逆に、比較的古い抗生物質のエリスロマイシンでは、本来の抗菌作用とは異なる作用機序での効果も発見され、びまん性汎細気管支炎や副鼻腔炎などの疾患に応用されるなど、古い薬剤が見直されてきている傾向もあります。
【抗菌剤の使われかた】
抗菌剤には幾つもの分類があり、さらにその中に多くの薬剤があります。これらの薬剤はそれぞれに特徴を有しており、例えば特定の細菌に対して選択的に強い抗菌作用を持つ薬とか、あるいは特定の臓器に対して選択的に移行しやすい薬剤といったものがあります。こうした薬剤の特徴を考慮して、患者さん個々の病態に適した抗菌剤を選択するというのが基本になるわけです。
ところが感染症の疑われる患者さんで、病原菌の細菌を特定するためには、血液などの検体から細菌を培養しなければならず、その間の抗菌剤投与については経験的な選択がなされます(経験主義的治療法と呼んでいます)。その上で病原菌が特定された時点で、その菌に最も適した抗菌剤を選択することになるわけです(決定的治療法と呼びます)。感染症の治療で「抗生剤を変える」ということは、経験された方も多いのではないでしょうか?。
【抗菌剤の分類】
抗菌剤には、主に以下に挙げるような分類の薬があります。それぞれ内服薬で代表的な薬剤を商品名で列挙して順次説明してみます
ペニシリン系抗生物質 −サワシリン、パセトシン、ヤマシリン、バカシル、ビクシリン、ペントレックス、タカシリン、バラシリン、ユナシン、バイシリン、オーグメンチン、バストシリン、ペントレックス、クルペ
セフェム系抗生物質− ケフレックス、ケフラール、セフゾン、トミロン、セフスパン、パンスポリン、バナン、セドラール、オラスポア、オラセフ、メイアクト、セフィル、セプチコール、ラリキシン
マクロライド系抗生物質− エリスロシン、クラリス、クラリシッド、ルリッド、ジョサマイシン、ミオカマイシン、リカマイシン
テトラサイクリン系抗生物質− ミノマイシン、ビブラマイシン、ヒドラマイシン、レダマイシン
ホスホマイシン系抗生物質− ホスミシン、ユーコシン
アミノグリコシド系抗生物質 − カナマイシン
ニューキノロン系抗菌剤− クラビット、タリビッド、バクシダール、トスキサシン、オゼックス、シプロキサン、スパラ、バレオン、メガロシン、フルマーク、ロメバクト
1.ペニシリン系抗生物質
ペニシリン系抗生物質は、後述のセフェム系抗生物質と併せて「β−ラクタム系抗生物質」と呼ばれることもあります。これは両者とも化学構造式中に「β−ラクタム環」という構造を含んでいるためで、作用機序や副作用も類似しています。
作用機序としては細菌の細胞壁合成を阻害することによって細菌を殺す働きがあります。細胞壁はヒトの細胞に存在しないため、細胞壁を有する細菌に対して選択的に作用することができるわけです。また逆に細胞壁を持たないマイコプラズマなどには抗菌力を発揮しないことになります。
細胞壁合成を阻害するメカニズムとしては、細菌にペニシリンが結合する特異的なタンパク質の存在が確認されており、これをペニシリン結合タンパク(PBP:penicillin
binding protein)と呼んでいるのですが、ここにペニシリンが結合することで細胞壁合成が阻害されます。PBPは単一のものではなく、いくつもの種類が存在し、例えば黄色ブドウ球菌では4つのPBP、大腸菌では7つのPBPを持っているとされています。それぞれのPBPにペニシリンが結合した場合の細菌に与える影響は異なってくることが報告されており、これらが複合的に作用して細菌に障害を与えるものと考えられます。
一連のペニシリン系抗生物質の特徴として、まず天然のペニシリンでは「酸に弱い」という欠点があるので、内服では胃酸で分解されてしまうため効果を期待出来ません。さらに耐性菌の問題、つまり多くの細菌がペニシリンでは殺菌されないような機構を獲得してしまっているという問題点もあります。こうした問題点を解決するために、ペニシリンの基本骨格の一部を、べつの形に変える(これを置換といいます)操作によって、酸に対して安定で内服としても使用できる製剤にしたり、耐性菌に対する有効性を増すという工夫がなされ、こうした製剤を半合成ペニシリンと呼んでいます。また半合成ペニシリン製剤では、天然ペニシリンと比較して有効な菌種の範囲(抗菌スペクトルと呼びます)も拡大されてきています。
ペニシリン系抗生物質の副作用としては、まず第一に過敏症があります。特にアナフィラキシーショックには注意が必要となります。アナフィラキシーというのは、薬物を例に挙げるならば、一度投与した薬剤によって生体が抗体を作ってしまい(これを感作といいます)、二度目に投与された時に激しい抗原抗体反応を起こしてしまうという現象で、重篤な場合にはアナフィラキシーショックの状態に陥り、循環不全や低血圧、呼吸困難などの症状があらわれ、最悪の場合には死亡することもあります。ペニシリン自体では抗原性(抗体を作る性質)を有するほどの分子量を持たない(抗体はある程度以上の分子量を持つものに対して作られます)のですが、実際に生体内においては、ペニシリンが蛋白質と結合して高分子複合体の形になり、これが一部の人に抗原性を発揮してしまって感作するというメカニズムが働いてしまうことが知られています。また他にペニシリン重合体による感作成立などの機序も考えられます。
アナフィラキシーショックを未然に防ぐためには、「ペニシリン系抗生物質は感作された患者さんには投与をしない」が大原則となります。抗生物質の点滴静注を受けたことがある方では経験があると思いますが、静注前に皮内反応テストの注射を行ない、15〜20分後に紅斑や膨疹の程度を確認していますね。あれもアナフィラキシーショックを起こさないように、事前にチェックしておく目的から行われているものです。これは注射の場合に行われていますが、内服薬としてペニシリン系抗生物質を投与する際には、患者さんの過去のアレルギー歴が重要な意味を持ってくるわけです。病院で初診のときに書く「問診表」や、薬局で「過去の薬剤アレルギー」について質問されるのも、このような過敏症を未然に防ぐようにするためです。ですからペニシリン系抗生物質に限らず、過去に薬剤による過敏症を経験したことのある方は、それが如何なる薬物によって引き起こされたものであるかを知っておくことは、非常に大切なことになるわけです。
その他にも過敏症として、蕁麻疹や発疹などの皮膚症状があらわれることがありますが、注意すべき皮膚症状として重篤なものに「Stevens
Johnson症候群」と「Lyell症候群」と呼ばれるものがあります。Stevens Johnson症候群は別名「皮膚粘膜眼症候群」とも呼ばれ、紅斑、水疱などが皮膚や口腔粘膜、外陰部粘膜、眼粘膜にあらわれ、失明の危険もあるというものです。もう一方のLyell症候群は、別名「中毒性表皮壊死症候群」とも呼ばれ、熱傷のような水疱性紅斑が広範囲にできてしまうもので、機械的圧迫で容易に表皮剥離を生じてしまい、消化器、肺などにも異常があらわれてしまうため、生命に危険のある重篤な副作用となります。これら両者副作用の頻度自体は低いものですが、いずれも重篤な副作用であるため、特に注意が必要となります。両者とも発熱、倦怠感、風邪様症状で発症することが多いので、このような場合には投与を中止して速やかに受診するように心がけて下さい。
もう一つ皮膚症状を伴う注意したい点として、ペニシリン系抗生物質では「EB(エプスタイン・バー)ウイルスによる伝染性単核球症という感染症に対して用いない」ということがあります。伝染性単核球症は、2週間前後の発熱、全身倦怠、咽頭痛、頭痛、筋肉痛、関節痛などの症状があらわれるもので、大多数の初感染が小児期であり、幼少の頃の症状は軽微なことが多いものです。別名
kissing disease と言われるように、キスで感染することも多いとされていますが、この伝染性単核球症にペニシリン系抗生物質を投与した場合に、非常に高率で発疹を起こしてしまうことが知られています。この機序についてはよくわかっていませんが、「以前病院でもらった抗生物質があるから…」という安易な自己判断で薬を服用してしまうことによる、危険性の一例と言えるでしょう。
次に皮膚以外の副作用として、抗生物質投与によって正常の腸内細菌が殺されてしまうことによると考えられる副作用がいくつかあります。まず頻度は少ないものの重篤なものとして、「偽膜性大腸炎」と呼ばれるものがあります。これは正常な腸内細菌の状態が乱れることにより、Clostridium
difficile と呼ばれる菌が増殖してしまい、この菌の産生する毒素によって、高熱を伴なった激しい下痢症状を呈するというものです。他にも同様の機序によると考えられる出血性大腸炎を起こすことが知られており、抗生物質を服用して激しい下痢をきたすようなら、速やかに受診するように心がけて下さい。
他に腸内細菌を殺してしまうことによると考えられる副作用として、「ビタミン欠乏症」があります。腸内細菌とビタミンとでは一見関連がないように思いがちですが、実は腸内細菌というのはビタミン供給源でもあるのです。腸内細菌の産生するビタミンとしてはビタミンKやビタミンBが知られており、食事からの摂取が不足している場合には、腸内細菌による供給も大切なものです。抗生物質投与で腸内細菌バランスが乱れると、ビタミン欠乏をきたしてしまう可能性があることを覚えておくと良いでしょう。ビタミンKが欠乏した場合の症状としては出血傾向(ビタミンKは血液凝固系に関する重要な因子です)、ビタミンB欠乏症では舌炎、口内炎、食欲不振、神経炎などの症状があらわれてきます。なお、こうした抗生物質による腸内細菌バランスに対する薬剤として、耐性乳酸菌製剤というものがあります。これは抗生物質によって殺菌されない乳酸菌を補給してバランスを保つというもので、抗生物質投与に際して併用されるケースもあります。
この他に、ペニシリン系抗生物質による副作用としては、頻度は少ないものの重篤な副作用として、血液抑制(無顆粒球症、溶血性貧血)や急性腎不全も報告されています。これらの副作用では、連続して服用するような場合、定期的な検査が重要となります。
2.セフェム系抗生物質
セフェム系抗生物質は、抗生物質として最も使用頻度の高い薬剤です。既述のようにペニシリン系抗生物質と併せて「β−ラクタム系抗生物質」と分類され、作用機序、副作用などは極めて似通っています。セフェム系抗生物質は
Cephalospolium属というカビから産生される抗生物質のセファロスポリンから、その構造を一部置き換えた薬剤の総称で、特にペニシリンやセファロスポリン耐性菌に対して、構造上の工夫を加えることによって抗菌力を持たせ、さらにグラム陰性菌の多くまで抗菌スペクトル(有効菌種の範囲)を広げたた製剤が相次いで開発されて、使用頻度が増えてきました。
作用機序はペニシリン系抗生物質と同様に、ペニシリン結合蛋白(PBP)に結合することによって、細菌の細胞壁合成過程を阻害することで殺菌効果を示します。しかし構造が類似していることから、ペニシリン耐性菌(抗生物質に対して抵抗力を示す機構を獲得した細菌)に対しては、セフェム系の抗生物質でも耐性となってしまう(これを「交叉耐性」と呼びます)、あるいは逆にセフェム系抗生物質耐性菌はペニシリン系抗生物質耐性となるということが殆どで、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に対しても効かないという問題点も有名になりました。そこでセフェム系の抗生物質でも、比較的古いタイプのケフレックスやケフラール(いずれも商品名)といった薬剤の使用頻度が増えてきているのも事実です。
セフェム系抗生物質の副作用についても、ペニシリン系抗生物質とほぼ同様なので、そちらの項を参照していただくこととしますが、相違点についていくつかピックアップしてみます。まず過敏症についてですが、セフェム系抗生物質でもアナフィラキシーショックを含めた重篤な過敏反応を起こします。ここで一つ問題なのが「交叉性」、つまり構造の類似によって、ペニシリン系抗生物質に過敏症を有する方では、セフェム系抗生物質に対する過敏症を持ってしまう可能性が高いという事が挙げられます。この点については幾つかの報告がりますが、私の入手できる範囲の情報では、ペニシリンアレルギーを示す人の20%はセフェム系抗生物質にもアレルギーを示すという報告、あるいは逆にもっと少ない(約1%)という報告もあるようです。他にも、ペニシリン過敏症の既往のある患者さんで、セフェム系抗生物質で過敏症が生じる危険性は、ペニシリン過敏症の無い患者さんの1.66倍であるという報告もありました。ただ、セフェム系抗生物質による過敏症の頻度は、ペニシリン系抗生物質による過敏症の頻度よりも低いとされています。
また、伝染性単核球症(EBウイルス感染症)に対するペニシリン系抗生物質投与の危険性について書きましたが、セフェム系抗生物質では危険性は指摘されておらず、この点は安全なようです。ペニシリン系抗生物質では指摘されていなくて、セフェム系抗生物質で指摘されている副作用として、間質性肺炎やPIE症候群と呼ばれる副作用の報告があります。いずれも肺の疾患で、間質性肺炎では肺胞壁や細気管支(気管支の最も枝分かれしている部分)、細動静脈周囲に炎症が起こります。一方のPIE症候群では好酸球と呼ばれる白血球の一種が、肺組織に浸潤する(血管から出て集まってくる)疾患です。いずれにしても、症状として咳や呼吸困難、息切れ、発熱などの症状があらわれたら、速やかに受診するように注意して下さい。
3.マクロライド系抗生物質
エリスロマイシンを代表とするマクロライド系抗生物質は、主にグラム陽性菌に対して抗菌力を持ち、逆にグラム陰性菌には無効の事が多いため、βラクタム系の抗生物質と比較して抗菌スペクトルが狭く、しかも耐性菌が多くなってしまっているため、抗生物質としての有用性は低くみられがちでした。ところが最近では、本来の抗菌作用とは別の作用が存在することが明らかになり、俄然注目されるようになりました。この件については後述します。
マクロライド系抗生物質の作用機序としては、「細菌の50Sリボゾームサブユニットと結合してタンパク合成を阻害する」ことによります。といっても、「何のこっちゃ?」ということになりますので、もう少し詳しく説明してみましょう。
細菌は増殖していく際に、遺伝情報をDNAからコピーして読み取りますが、このDNA上の情報をもとに細菌に必要な蛋白質を合成していきます。タンパク質というのはアミノ酸が幾つも繋がった物質なのですが、このアミノ酸の配列順序によってそれぞれのタンパク質特有の作用を発現していくわけです。あるものは酵素として、またあるものは薬物と結合する、などの固有の役割を発揮し、生物にとって非常に重要な役割を担っています。このタンパク質のアミノ酸配列を決めているのが、DNAの情報という事になるわけですが、DNAの配列を読み取った上で、タンパク質を合成していく過程に不可欠なものの一つにリボゾームと呼ばれる物質があります。リボゾームはRNAとタンパク質からできた物質なのですが、一つのリボゾームは実は集合体で、さらに幾つかの区分に分けることができます。これをサブユニットと読んでいますが、これらを区別するのに「沈降係数」という数字が用いられます。これはリボゾームに一定の遠心力をかけた場合に、沈降していく速度を表わしたもので、Sという単
位(スベドベリ単位)を用いて表わします。細菌のリボゾームでは70Sのリボゾームが代表的なのですが(哺乳動物では80Sリボゾームが代表的)、この70Sリボゾームは2つのサブユニットに分かれ、それぞれ30Sと50Sのリボゾームになります。
ここで先ほど書いたマクロライド系抗生物質の作用機序に戻ってみると、「細菌の50Sリボゾームサブユニットと結合してタンパク合成を阻害する」という事も、少しはピンときたかもしれません。つまり細菌の増殖に必要なタンパク質合成過程を阻害することで、抗菌作用を示すということになります。細菌と動物細胞とでは、リボゾームの大きさ、構成タンパクとRNAの割合、サブユニットへの解離条件が異なっているため、このように細菌のリボゾームに結合してタンパク合成を阻害する薬物は、細菌に対する選択的な毒性を有することになるわけです。βラクタム系の抗生物質ではうに細胞壁合成阻害が作用機序となっているため、細胞壁を持たないマイコプラズマという微生物には効果を示さないのに対し、マクロライド系抗生物質では効果を発揮します。また特に組織移行性に優れるのも特徴の一つで、肺や肝臓への移行性が良好なため、マイコプラズマ肺炎を筆頭に呼吸器系の疾患によく使われることが多い薬剤でもあります。
副作用は重篤なものが少ないのですが、抗生物質にはどうしてもつきものの副作用となってしまう偽膜性大腸炎があり、腸内細菌叢の乱れによる下痢・腹痛などの症状には注意をはらう必要があるほか、ペニシリン系抗生物質の項で取り上げた
Stevens - Johnson 症候群、Lyell症候群、急性腎不全などの重篤な副作用も海外で報告されています。
ところで、マクロライド系抗生物質で注意したい大切な事に、他の薬物との相互作用に関する注意が多いという点があります。これはエリスロマイシンを中心として、よく研究・報告されています。さらにもう一つ、マクロライド系抗生物質の一部では、上述したような抗菌力とは異なる作用機序での有用性も指摘されています。この2点について、以下に説明してみましょう。
(1)マクロライド系抗生物質の相互作用について
まず、ふだん私たちが薬を服用した時の事を考えて下さい。例えば鎮痛薬を服用したとします。当然程度の差こそあれ鎮痛効果を発揮するわけですが、その効果はいつまでも持続するわけではありません。「薬が切れてきた」という表現をするように、効果はだんだん無くなってきますね。基本的に薬というのは生体にとって異物になるわけですから、私たちの体の中ではこれを排泄しようとする働きが生まれてくるわけです。こうした異物は尿あるいは糞便として排泄されることになるわけですから、そのような形で排泄しやすいように薬物の性質を変えるとともに、薬物の効果を失わせるというメカニズムが存在しています。これを薬物代謝と呼んでいるのですが、この薬物代謝に作用する酵素、つまり薬物代謝酵素がいくつか知られています。その中で最も重要なものに、「チトクロムP450」と呼ばれる一連の薬物代謝酵素群があり、薬物代謝においては実に96%がこのチトクロムP450を介する代謝を受けるとの報告もあるほどです。チトクロムP450(以下CYPと略します)とい
うのは単一の酵素ではなく、幾つかのサブファミリーに分類されているのですが、このうち「CYP3A4」というタイプの薬物代謝酵素を、マクロライド系抗生物質が阻害することが知られています。ところでマクロライド系抗生物質では、その構造中に炭素原子(C)による環状構造を持っているのですが、この環を構成する炭素の数により14〜16員環のものがあります。代表的なマクロライド系抗生物質であるエリスロマイシンや、比較的新しい薬のクラリスロマイシン(商品名クラリス、クラリシッド)、ロキシスロマイシン(商品名ルリッド)が14員環構造を有しているのですが、これら14員環構造を持つ薬剤において、特に薬物代謝酵素阻害作用が強いとされています。もともと、これらのマクロライド系抗生物質自体が、「CYP3A4」で代謝を受ける薬物なのですが、これらが代謝をうける際に「CYP3A4」との間で複合体を形成してしまい、なおかつその複合体形成反応が不可逆的であることから、結果としてCYP3A4の作用を抑制してしまうという機序が、現在では明らかにされています。という事は、これらマクロライド系抗生物質と同じように、「CYP3A4」を介
した代謝を受ける薬物の効力を増強してしまう、という事になるわけです。事実わかりやすい例を挙げれば、睡眠薬で有名なトリアゾラム(商品名ハルシオン)でも、同じ「CYP3A4」による代謝を受ける薬物であるため、エリスロマイシンなどと併用することで、睡眠作用が増強されることが知られており、併用には注意が必要になります。同じようにエリスロマイシンと併用する場合に、薬物の作用が増強されることから併用禁忌、つまり「併用してはならない」とされている薬剤に、抗アレルギー剤であるテルフェナジン(商品名トリルダン)とアステミゾール(商品名ヒスナマール)があります。これらの薬剤と併用した場合には、薬物の作用が強く出過ぎてしまったことによる重篤な不整脈の発現が報告されており、外国では死亡例まで報告されています。他にも消化運動改善剤のシサプリド(商品名アセナリン、リサモール)という薬剤との併用で、同じような重篤な不整脈発現の報告もあります。また先にも書きましたが、マクロライド系抗生物質は肺への移行性
に優れていることから、呼吸器系の感染症に用いられることが多い薬剤なので、気管支拡張剤であるテオフィリン(テオドールなど)と併用されるケースもよくあります。しかし実はテオフィリンも同じように「CYP3A4」を介する薬物代謝を受けるでもあるのです。このため注意が必要な併用パターンとなるのですが、実際の処方では、これらの薬剤を併用する場合にはテオフィリンの投与量を減らす事が多いものです。しかしながらテオフィリンは薬剤の有効性を発揮する投与量と、中毒症状を発現してしまう投与量との差(これを安全域と呼びます)が小さい、つまり微妙な投与量の管理が必要な薬剤でもあるため、投与量を減らしたといっても、依然として注意が必要となることに変わりはありません。
なお、ここで取り上げた薬剤の他にも、マクロライド系抗生物質との間で相互作用を起こすことが報告されています。このため特に複数の診療科を受診されるような場合には、現在服用中の薬剤に○○という薬剤があるという事を、主治医に伝えておくことが大切になります。
(2)マクロライド系抗生物質による抗菌作用以外の作用について
これまでにも度々触れてきましたが、マクロライド系抗生物質では本来の抗菌作用では説明できないような効果をもたらす事が、最近になってわかってきました。そのきっかけとなったのが、びまん性汎細気管支炎に対するエリスロマイシンの有効性が報告されたことに始まります。びまん性汎細気管支炎というのは、その名の示すとおり細気管支の部位、つまり気管支が枝分かれして肺胞に至る直前の細い気管支の部位に、広範囲にわたる炎症をきたしてしまう疾患で、グラム陰性菌である緑膿菌を持続排菌し、また日本人に多い疾患であることが知られています。エリスロマイシンの有効性が発見されるまでは、非常に難治性の呼吸器疾患に数えられ、5年生存率はわずかに38%という報告もあるほどでした。ところが都立駒込病院の工藤医師らが1984年に、びまん性汎細気管支炎に対するエリスロマイシンの少量長期投与の有効性を発表して以来、俄然注目を集めるようになりました。もともとエリスロマイシンは緑膿菌に対して有効性を持たない薬であり、なおかつ抗菌力を発揮する通常の投与量より少ない投与量でのこの作用は、エリスロマイシンの抗菌作用とは別の、これまで知られていない
作用であることが容易に推定されます。以後エリスロマイシンの未知の作用についての研究が盛んに行なわれるようになり、これまでに抗炎症作用や細菌のバイオフィルム(Biofilm)に対する作用が報告されてきていますが、現在までのところでは決め手となる作用機序は確立されていないようです。ちなみにバイオフィルムというのは、自然界において細菌が付着する際に、菌体周辺にグライコカリックスと呼ばれる多糖体を産生して、これを介して隣接した菌が付着物質の表面に互いに凝集し、薄い菌の層を作っているような状態を指します。エリスロマイシンが、このバイオフィルムを破壊する作用があるとの報告がなされてきているというわけです。
またびまん性汎細気管支炎とは別の方面で、慢性副鼻腔炎や中耳炎などに対するエリスロマイシン少量投与でのの有効性も報告されるようになってきています。なお、マクロライド系抗生物質の中ではこうした作用を示すのは、エリスロマイシンを代表とする14員環構造を持つ薬剤とされており、他の15〜16員環構造のマクロライド剤では、この作用は期待出来ないようです。
現在では、既にこの作用は治療に応用されてきており、大人の方でも耳鼻科などで「小児用クラリシッド」や「クラリス小児用」の錠剤、あるいは通常の用量より少ないエリスロマイシンが処方されることがあります。これは決して「間違い」ではなく、上記のような作用を期待しての処方ということになるわけです。
さらにもう一つ、エリスロマイシンについて意外な作用が知られてきています。それは「モチリン様作用」と呼ばれる作用なのですが、「モチリン」というのは消化管運動を亢進する働きのあるタンパク質です。もう少し具体的に説明すると、ヒトの消化管においては、空腹時に1〜2時間ごとに胃から始まって回腸末端(盲腸の前)まで移動していく、周期的な強い収縮運動が生じていることが知られており、これを空腹期肛側伝播性強収縮帯(IMC)と呼んでいるのですが、このIMCを制御しているのが、「モチリン」であるとされています。モチリンは受容体を介して作用を発現するとされており、このモチリン受容体に対してエリスロマイシンが作用して、消化管運動を亢進するという報告があるのです。実際にエリスロマイシンが、IMCの発現を導くという報告もあります。
ちなみにこの作用発現についてもエリスロマイシン少量投与、つまり抗菌作用が期待できないような少ない投与量で、効果発現を得ることができるとされています。
本当にエリスロマイシンは、「不思議」な薬ですね。
4.テトラサイクリン系抗生物質
テトラサイクリン系の抗生物質の特徴は、広い範囲の菌種に対して抗菌作用を示すことにあります。その作用機序は細菌のリボゾーム30Sサブユニットに結合して、タンパク質合成を阻害させることによって「静菌的」に作用します。リボゾーム30Sサブユニットについては、前項の「マクロライド系抗生物質」の項でも説明しましたが、マクロライド系抗生物質は50Sサブユニットに作用するのに対し、テトラサイクリン系抗生物質ではもう一方の30Sサブユニットに作用して、細菌の増殖に必要なタンパク質の合成を阻害するわけです。それともう一つ「静菌的」と書きましたが、これは薬剤が細菌の増殖を抑えるといった作用を示し、対比される言葉として「殺菌的」作用と言われ、こちらでは文字どおり細菌を殺す作用となります。ちなみにペニシリン系やセフェム系などのβラクタム系抗生物質では「殺菌的」に作用し、反対にマクロライド系やテトラサイクリン系では「静菌的」に作用します。
テトラサイクリン系抗生物質では、βラクタム系のような細胞壁の合成過程を阻害するわけではないので、細胞壁を持たない微生物に対しても抗菌力を発揮するほか、マクロライド系抗生物質と違って、グラム陽性菌のみならずグラム陰性菌に対しても効果を示し、他にマイコプラズマ、リケッチア、クラミジアに対しても有効となります。
ところが、このように幅広い抗菌スペクトルを持つというメリットがある反面、問題点も幾つかあります。副作用の面から、まず消化管に対する刺激作用があり、具体的な症状としては悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛、下痢などがあらわれることがあります。このうち下痢については、ペニシリン系抗生物質の項でも触れた偽膜性大腸炎を起こしている可能性もあるので、激しい下痢症状があらわれるようであれば、速やかに薬剤の投与を中止する必要があります。偽膜性大腸炎は腸内の常在菌が抗生物質によって殺されることで、抗生物質に感受性のない
Clostridium difficile という菌が増殖してしまった結果で起こる疾患ですが、特にテトラサイクリン系のような広域スペクトルを持った抗生物質では、これと同じような機序で起こる「菌交代症」と呼ばれる症状にも注意を要します。つまり、抗生物質に対して感受性の菌が幅広く殺菌されてしまった結果として、普段は増殖できなかった弱毒菌や真菌などが増殖できる環境が出来てしまい、新たな感染症を誘発してしまうというわけです。
次に、過敏症や皮膚症状の副作用についても触れてみましょう。ペニシリン系やセフェム系の抗生物質で、アナフィラキシーショックなどの過敏症に注意が必要である事は述べましたが、頻度は少ないものの、同じようにテトラサイクリン系抗生物質においても注意が必要となります。また、一つ特徴的なのは「光線過敏症」と呼ばれる皮膚症状があらわれることがあります。これは皮膚の露出した部位において、光線があたることによって皮膚炎を誘発してしまうというものですが、このような光線過敏症にまで至らなくても、テトラサイクリン系の抗生物質の長期投与では、色素沈着を起こし易いようです。他には頻度は少ないものの重篤な皮膚症状として、ペニシリン系抗生物質の項でも触れた
Stevens - Johnson 症候群などの報告もあるため、発疹などの症状が起こった場合には、速やかに投与を中止して受診するように心がける必要があります。
もう一つ、テトラサイクリン系抗生物質に特徴的な現象として、カルシウムなどと結合し易いという事が挙げられます。これは「キレート結合」と呼ばれる金属との間で起こる結合が、テトラサイクリン系抗生物質の構造から起こってしまうもので、カルシウムをはじめとして、マグネシウム、アルミニウム、鉄との間でキレート結合が起こります。この結合がもたらす影響については、まず薬剤吸収の低下が挙げられます。キレート結合してしまったテトラサイクリン系抗生物質では、消化管からの吸収が低下することが知られており、十分な効果を発揮させることができなくなってしまいます。このためカルシウムなどとの併用を極力避けるように注意しますが、具体的には食品としては牛乳などのカルシウムを多く含むもの、薬品としては鉄剤は勿論のこと、制酸剤などでもアルミニウムやマグネシウムを配合してあるものが多いので、こうした食品や薬品では、テトラサイクリン系抗生物質との同時服用を避けるように配慮します。例えば制酸剤の方は食間服用(食後2時間)とし、テト
ラサイクリン系抗生物質は食後服用とする、などの対策が必要となるわけです。ここで言うところの制酸剤というのは、一般の薬局で販売されている薬も含みますので、胃薬を求められるような場合には、薬剤師とよく相談するようにしましょう。さらにもう一つ、このキレート結合がもたらす影響として、薬剤が吸収された後に骨や歯のカルシウムと結合してしまう事によると考えられるものがあります。具体的には小児において歯が着色してしまったり、骨の発育不全をもたらしてしまう可能性があるほか、妊娠中の婦人に投与した場合に、胎児の骨発育不全をもたらしてしまうこともあります。従って妊婦さんや8歳くらいまでの小児に対するテトラサイクリン系抗生物質の投与は、なるべく避けるか或いは投与量・投与期間を少なくするように努めます。
その他の副作用としては、ペニシリン系抗生物質の項でも説明しましたが、腸内細菌の殺菌作用に起因すると考えられるビタミンKやビタミンB欠乏症をきたす可能性があるほか、頻度としては少ないものの重篤な副作用として急性腎不全、間質性腎炎、間質性肺炎、PIE症候群などの報告もあります。
また、服用に際して注意したいこととして、カプセルや錠剤を服用する場合には、できるだけ多めの水で服用するようにしましょう。これは薬を水なしで服用したような場合に、薬が胃まで届かずに食道に停留してしまい、そこでカプセルが破れてしまって薬剤が放出され、結果として食道潰瘍を引き起こしてしまう可能性があります。これは特に高齢の方や、寝ながら薬を服用したような場合に多く、しかも本人は食道に停留していることを自覚しないことが多いという報告もありました。多めの水で服用するという、ちょっとした注意を怠って大きな副作用を招いてしまっては、泣くに泣けませんね。
5.ホスホマイシン系抗生物質
ホスホマイシン系などと言っても、実際には「ホスホマイシン」しか薬はありません。ホスホマイシンは抗生物質としては極めて簡単な構造式であり、その事もこの薬剤の特徴と関係があります。というのは、「抗原性が少ない」という点なのですが、通常私たちの体で抗原性を発揮する物質は、ある程度以上の大きさが必要です。一説には分子量5000以上とも言われています。ですから簡単な構造式の物質では抗原性は発揮しないわけですが、実は単純にそうはいきません。先に取り上げたペニシリン系抗生物質などでも、単独で抗原性を発揮するほどの分子量は持っていないのです。では何故、抗原抗体反応によるアナフィラキシーショックなどを起こすのかという事になりますが、これはタンパク質と結合することによって抗原性を発揮するわけです。一般にタンパク質は大きな分子量を持っていますから、分子量5000くらいは簡単に超えます。これにペニシリンなどが結合した複合体が抗原性を発揮してしまって、過敏反応を起こすということになるわけですが、この論で言えばホスホマイシンもタンパク質と結合すれば抗原性を発揮することになりますね。ところがホスホマイシンは、「タン
パク質とほとんど結合しない」という特徴も持っています。従って過敏反応という点だけをみれば、非常に安全な薬であると言えます。ただし注射剤では「ショック」の報告もあるので、過信はできません。
ホスホマイシンの作用機序は、βラクタム系抗生物質と同じように細菌の細胞壁の合成を阻害によります。とは言っても作用部位は同一ではなく、βラクタム系抗生物質は細胞壁合成過程の最終段階で阻害するのに対し、ホスホマイシンでは初期段階を阻害するとされています。しかしながら細胞壁を持たない微生物の、マイコプラズマなどに対して無効となってしまう事は同じです。抗菌スペクトルは比較的広いのですが、反面抗菌力は少し弱いという欠点もあります。このため使用頻度がそれほど多い薬剤というわけでもありません。しかし最近見直されてきているのも事実です。というのは、他の抗生物質との間に交叉耐性がないため、例えば「ペニシリン系抗生物質に対して耐性を獲得した細菌が、セフェム系抗生物質に対しても耐性である」というような現象が、ホスホマイシンにはあてはまらないわけです。このため有名なMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などに対しても、アミノグリコシド系抗生物質などと併用して使われたりもしました。
副作用としては、抗菌作用に基づいてしまう偽膜性大腸炎に注意するほか、菌抗体症による口内炎などもあります。しかし抗生物質としては、副作用は軽微なものが多いので、安心して使いやすい代表的な薬であるとも言えるでしょう。
6.アミノグリコシド系抗生物質
基本的に内服を中心に説明していますが、このアミノグリコシド系抗生物質は内服で使われることは非常に少ないものです。というのは、この系列の薬は消化管から殆ど吸収されないためです。代表的なアミノグリコシド系抗生物質としてはストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、アミカシン、トブラマイシンなどが、注射剤としてよく用いられています。特に結核に対してストレプトマイシンがもたらした功績は有名ですね。
アミノグリコシド系抗生物質の作用機序としては、細菌のリボゾーム30S及び50Sサブユニットに結合してタンパク質合成を阻害することが挙げられていますが、実際には、この他の作用機序も存在すると考えられており、複合的に殺菌作用を示すものと思われます。
内服では消化管から吸収されないアミノグリコシド系抗生物質ではありますが、一部の薬が内服薬として用いられています。これは腸管の感染症、具体的には細菌性赤痢や腸炎の病原菌に対する抗菌作用を期待して投与されることになります。さらにもう一つ、「肝性昏睡におけるアンモニア生成の抑制」の目的でも使用されます。これは一見抗菌作用と関係なさそうに思いがちですが、これも腸内細菌に対する殺菌作用によってもたらされる効果です。肝性昏睡というのは、肝臓の疾患によって著しく機能が低下してしてしまった場合に、本来の解毒作用が働かずにアンモニアなどの有害物質が体内に蓄積してしまい、これが脳に悪影響を与えてしまって精神機能障害を引き起こしてしまう状態のことをいいます。このような場合にはアンモニアの蓄積を極力防がなければなりませんが、このアンモニアの生成源として、腸内細菌が産生している「ウレアーゼ」と呼ばれる酵素の働きがあります。ウレアーゼは尿素を加水分解してアンモニアと炭酸ガスを生成する反応を触媒する酵素であるため、肝性昏睡時にはアンモニアの蓄積を抑えるために、ウレアーゼを抑える必要があり、ウレアーゼを抑えるために腸
内細菌を殺菌しておく必要があるわけです。この目的で、消化管から吸収されないアミノグリコシド系抗生物質の内服投与が行なわれるということです。カナマイシンのシロップ剤などがよく用いられています。
アミノグリコシド系抗生物質の副作用としては、注射剤では第8脳神経障害(ストレプトマイシン、カナマイシンによる難聴は有名でしたね)、腎毒性、ショックなどがありますが、内服ではこれらの副作用は勿論少なく、腸内細菌殺菌作用に基づくビタミンK及びB欠乏症、食欲不振などの消化器症状が起こることがあるくらいとなっています。
7.ニューキノロン系抗菌剤
ニューキノロン系抗菌剤というのは、ニューという言葉がついていることからもわかるように、もとはキノロン系抗菌剤(ピリドンカルボン酸系抗菌剤)と呼ばれる薬剤から生まれてきたものです。この系列の薬剤は、本項の初めにも書きましたが「抗生物質」つまり微生物が作る物質ではなく、化学的に合成される薬剤になります。この系列のに古い薬剤、すなわち「ニュー」のつかないキノロン剤の代表的なものに、ナリジクス酸という薬がありますが、この薬剤ではもっぱら尿路感染症など一部の限定された用途としてしか用いられてきませんでした。ところがこのキノロンの構造に、フッ素(F)を導入することによって幅広い抗菌スペクトルを持たせることができることが発見され、以後フッ素を導入したキノロン剤を「ニューキノロン剤」と呼ぶようになったわけです。しかしニューキノロン剤の最初の薬が発売されて既に10年以上過ぎている現在では、「ニュー」という言葉をいつまでも付けているのはおかしいわけです。そこで最近では単に「キノロン剤」と呼んだり、「フルオロキノロン剤」などと呼ぶこともあります。ここでは以後「キノロン剤」あるいは「フルオロキノロン剤」と呼ん
でいくことにしましょう。
キノロン剤の作用機序については、「細菌のDNA複製過程において重要な酵素であるDNAジャイレースを阻害する」ことによって、抗菌作用を発揮します。さあ、またややこしいのが出てきました。以下に少し説明してみましょう。
DNA(デオキシリボ核酸)が、生物にとって重要な遺伝情報物質であることは周知のとおりですが、細菌が増殖する際にもこのDNAを複製していかなければなりません。ところでご存知の方も多いと思いますが、DNAは二重らせん構造の形をとっています。つまりコイルが二つ重なってねじれあっているような状態になります。これがDNAを複写していく際に、ねじれがほどけていかなければなりません。2本のDNAも互いに離れて、それぞれに複写されて1セットのDNAが複製されていくわけです。このとき、もともと「二重らせん構造」であったものの「ねじれ」を解いていくためには、「ねじれ」が解かれている部分以外の所が、さらにねじれなければなりません。そうすると「二重らせん構造」の「らせん」、つまり「超らせん(スーパーコイル)」が生じてきます。しかしこれも目一杯になると、一旦DNAを切断して「ねじれ」を解消してやり、その後再結合させてやる必要が出てきます。細菌において、このときに働く酵素が
「DNAジャイレース」という酵素なのです。ちなみにヒトなどの生物では、「DNAトポイソメラーゼ」という酵素が同じような働きをしており、トポイソメラーゼにもT型とU型があることが知られています。ヒトのトポイソメラーゼ阻害薬は、「制癌剤」として発売されました。それはともかく、細菌においてこの働きを持つ「DNAジャイレース」を阻害して、結果としてDNAの複製を阻害し、殺菌作用を示すというのがキノロン剤の作用機序になるわけです。さらに付け加えると、DNAジャイレースはAとBの二つのサブユニットに分けられますが、このうちAのサブユニットがこの系列の薬剤の作用部位であるとされています。
フルオロキノロン系の薬剤は、当初は抗菌スペクトルが広いことに加えて安全性も高いとされ、非常によく使われていましたが、徐々に副作用の報告も続き、最近は少し使われる機会も減ってきた感もあります。またそれと同時に改良も加えられてきました。例えばフルオロキノロン抗菌剤と非ステロイド性鎮痛消炎剤を併用投与した場合に、中枢神経系の副作用として痙攣を起こすことが問題になりましたが、新しいフルオロキノロン剤では痙攣を起こしにくいものが発売されてきているようです(依然として併用注意であることは変わりませんが…)。
副作用としては、頻度は少ないものの(0.1%以下)、重大な副作用とされているものを以下に列挙してみましょう。
(オフロキサシン添付文書より抜粋)
1.ショック、アナフィラキシー様症状(初期症状:紅斑、悪寒、呼吸困難等)
2.中毒性表皮壊死症候群(Lyell症候群)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens - Johnson 症候群)
3.痙攣
4.急性腎不全
5.黄疸(初期症状:嘔気・嘔吐、食欲不振、倦怠感、掻痒等)
6.無顆粒球症(初期症状:発熱、咽頭痛、倦怠感等)
7.間質性肺炎(症状:発熱、咳嗽、呼吸困難、胸部X線異常、好酸球増多等)
8.偽膜性大腸炎等の血便を伴う重篤な大腸炎(症状:腹痛、頻回の下痢等)
9.横紋筋融解症−急激な腎機能悪化を伴うことがある(症状:筋肉痛、脱力感、CPK上昇、血中及び尿中ミオグロビン上昇等)
10.低血糖(糖尿病患者、腎障害患者であらわれやすい)
11.アキレス腱炎等の腱障害(海外では腱断裂も報告されている)
12.錯乱等の精神症状
以上、発症頻度はともかくとしても、ペニシリン系抗生物質と同じか、あるいはそれ以外の副作用も報告されてきています。患者さんでこうした症状があらわれるようであれば、速やかに投与を中止して受診する必要があります。また今後はこれらの副作用をより少なくした製剤の開発が望まれるところです。ただしオフロキサシン自体はフルオロキノロン剤としては古い薬で、最近の薬剤ではかなり改良されている筈ではあります。
この他にフルオロキノロン剤として特徴的な副作用に、光線過敏症も挙げられます。これは光線があたる部位に多くは一致して、皮膚炎を起こしてしまうというものなので、1日に1回服用ですむような製剤の場合には、夕食後に投与するなどの配慮がなされることもあります。
もう一つ本系統の薬剤に関して注意したい事に、制酸剤(アルミニウムやマグネシウムを含むもの)あるいは鉄剤との間で相互作用により、フルオロキノロン剤の吸収が著しく低下することが報告されています。この程度には製剤間でバラツキがありますが、併用した場合には通常の0〜50%しか吸収されないものの幾つかあります。このため鉄剤や制酸剤の投与が必要な患者さんにおいては、フルオロキノロン剤の投与後2時間は間隔を空けた後に、これらの薬剤を服用するようにするなどの配慮が必要になります。
なお、一般にフルオロキノロン剤は成人に投与されることが多く、小児に対しては唯一「小児用バクシダール」という製剤があるのみです。これは安全性が確立されていないことが理由ですが、未熟動物動物で関節障害の報告もあり、小児や妊婦さんでの使用は勧められないというのが現在の状況です。
以上、代表的な抗生物質・抗菌剤について説明してみましたが、ここで取り上げた以外にも、使用頻度は低いものの幾つかの抗生物質があります。具体的には、クロラムフェニコール、クリンダマイシン、リンコマイシン、ST合剤等々が挙げられますが、これらについては機会があれば順次追加していくこととします。
上記文章は下記より
薬のメモ
著作権者 磯部浩昭氏
調剤部門担当薬剤師