副腎皮質ホルモン剤(糖質コルチコイド内服)
【はじめに】
副腎皮質ホルモン剤については、「ステロイド」と呼ばれる薬として良くご存知の方も多いですね。ステロイド剤と聞くと、「何だか怖い」とか「副作用が心配」といったイメージを持っている方も多いようです。確かに副腎皮質ホルモン剤による副作用を経験された方も多くみえますが、裏を返せば「それだけ確たる作用を持っている」ということにもなります。新聞などのマスコミによる情報では、比較的副作用の怖さが強調されてしまい、本来の効果についての認識が薄くなってしまうような気もしないではありません。
確かに副作用はあります。しかもその発現頻度は決して低いものでもなく、投与量によっては何らかの副作用は「必発」に近いものとなるでしょう。問題は、誤った認識によって、副腎皮質ホルモン剤がもたらす大きなメリットを認識することなく、自分勝手に薬を中止してしまうなどによって、より大きなデメリットを被ってしまう危険性を孕んでいることです。
【副腎皮質ホルモンとは?】
副腎皮質ホルモンというと、プレドニン(プレドニゾロン)などの薬が代表的ですが、実際には副腎皮質ホルモンにはいくつかの種類があります。
まず、副腎という臓器についてですが、副腎は左右両方の腎臓の上にある対の臓器で、二つの異なる腺からなっています。二つの腺は別々の構造を持ち、分泌するホルモンも異なります。まず内部は副腎髄質と呼ばれ、エピネフリン(アドレナリン)とノルエピネフリン(ノルアドレナリン)を分泌します。一方、外側は副腎皮質と呼ばれ、今回のテーマとなる副腎皮質ホルモンを分泌しています。
副腎皮質は、さらに三つの層に分かれており、外側から球状層、次いで束状層、内側が網状層と呼ばれています。
球状層からはアルドステロンと呼ばれるホルモンが分泌され、これは血漿の塩分(ナトリウムやカリウム)、血圧及び血液量の調節を行なうホルモンで、この系列のホルモンを「鉱質コルチコイド」と呼んでいます。
次の束状層からは、主にコルチゾールと呼ばれるホルモンが分泌され、この系列のホルモンでは糖代謝などに影響を与えるので、「糖質コルチコイド」と呼ばれています。
三番目の網状層からは性ホルモン、主にアンドロゲンと呼ばれるホルモンが分泌されます。
普段、「ステロイド」と呼ばれている薬は、もっぱら「糖質コルチコイド」を指すことがほとんどで、副腎皮質ホルモンと言うと「糖質コルチコイド」と認識しがちですが、実際には、他の副腎皮質ホルモンもあるわけです。
ところで副腎皮質ホルモンについて覚えておきたい重要なこととして、ホルモンの分泌を制御する機構とその日内リズムがあります。
良く似たややこしい名前が続くので覚悟して読んでいただきたいのですが、副腎皮質ホルモンが分泌されるにあたっては、ACTH(副腎皮質ホルモン刺激ホルモン)と呼ばれるホルモンによる刺激がコントロールしています。このACTHというホルモンは、脳下垂体前葉という所から分泌されるホルモンなのですが、さらにこのACTHが分泌されるにあたっては、CRH(副腎皮質ホルモン刺激ホルモン放出ホルモン→ややこし過ぎる!?)と呼ばれるホルモンがコントロールしており、このCRHは脳の視床下部から分泌されています。これを整理して逆方向から説明してみると、まず副腎皮質ホルモンの需要が生じた場合、脳の視床下部が察知してCRH(副腎皮質ホルモン刺激ホルモン放出ホルモン)を分泌します。下垂体はCRHの刺激を受けてACTH(副腎皮質ホルモン刺激ホルモン)を分泌し、このACTHの刺激を受けて、副腎皮質から副腎皮質ホルモンが分泌され、さまざまな生理作用を示すというわけですね。何とも「まどろっこしい」経路ですが、裏を返せばそれくらい微妙にコントロールされるホルモンであるともいえます。
そこで日内リズムが出てくるのですが、さまざまなストレスによる副腎皮質ホルモンの需要増大とは別に、副腎皮質ホルモンの分泌は「朝」高くて「夕」に低くなっていくという日内リズム(サーカディアンリズムとも呼びます)が存在しています。これは視床下部においてコントロールされているのですが、後に述べる副腎皮質ホルモン製剤による薬物療法で関係してくるので、心に留めておいて下さい。
「糖質コルチコイド」について説明してみます。
【糖質コルチコイド】
【生体内での糖質コルチコイドの働き】
生体内で分泌される糖質コルチコイドとしては、コルチゾールが最も代表的なホルモンですが、コルチゾールの最もよく知られている作用は、血液中のブドウ糖(グルコース)の供給を増加させる作用です。特に脳については正常時はブドウ糖を唯一のエネルギー源としており、血液中のブドウ糖の低下は脳に大きなデメリットとなってしまいます。コルチゾールを代表とする糖質コルチコイドは、主に末梢のタンパク質をアミノ酸へと分解させ、さらに肝臓においてアミノ酸からブドウ糖を作る過程を促進します。この作用を「糖新生」と呼んでいますが、この「糖新生」作用により、急激なストレス(寒冷、絶食、飢餓、炎症、血圧下降など)状態においても、脳や心臓などの重要な器官が保護されるわけです。
また他に重要な作用として、「許容(permissive)」と呼ばれる作用があります。これは糖質コルチコイド自身としては効果を示さない微量でも、他のホルモンによる効果を増強するというもので、例えば血糖値を上昇させるグルカゴンと呼ばれるホルモンや、成長ホルモン、カテコールアミン(エピネフリンなど)は、その作用を発現するために糖質コルチコイドを必要としています。例えばカテコールアミンによる血管収縮作用などは、コルチゾールが存在しないと著明に減少することが知られています。
【代表的な糖質コルチコイド製剤の商品名】
プレドニン、プレドニゾロン、メドロール、コートリル、パラメゾン、デカドロン、デキサメタゾン、リンデロンなど
【糖質コルチコイド製剤による薬物療法】
糖質コルチコイドを治療に応用する場合は大きく二つに分けられ、まず一つは副腎皮質機能低下症により副腎皮質ホルモンを補充する必要がある場合で、もう一つは副腎皮質ホルモン製剤のもたらす作用を期待して、必要量より多い副腎皮質ホルモン剤(糖質コルチコイド)を投与する場合です。実際に副腎皮ホルモン製剤が使用される頻度としては、圧倒的に後者が多く、適応範囲は多岐にわたります。
参考までに内服用副腎皮質ホルモン製剤(糖質コルチコイド)として、代表的な薬剤にプレドニゾロン(商品名プレドニンなど)がありますが、プレドニゾロンに適応の認められた疾患を列挙してみましょう。
慢性副腎皮質機能不全(原発性、続発性、下垂体性、医源性)、急性副腎皮質機能不全(副腎クリーゼ)、副腎性器症候群、亜急性甲状腺炎、甲状腺中毒症〔甲状腺(中毒性)クリーゼ〕、甲状腺疾患に伴う悪性眼球突出症、ACTH単独欠損症
慢性関節リウマチ、若年性関節リウマチ(スチル病を含む)、リウマチ熱(リウマチ性心炎を含む)、リウマチ性多発筋痛
エリテマトーデス(全身性及び慢性円板状)、全身性血管炎(大動脈炎症候群、結節性動脈周囲炎、多発性動脈炎、ヴェゲナ肉芽腫症を含む)、多発性筋炎(皮膚筋炎)、強皮症
ネフローゼ及びネフローゼ症候群
うっ血性心不全
気管支喘息、喘息性気管支炎(小児喘息性気管支炎も含む)、薬剤その他の化学物質によるアレルギー・中毒(薬疹・中毒疹を含む)、血清病
重症感染症(化学療法と併用する)
溶血性貧血(免疫性又は免疫性機序の疑われるもの)、白血病(急性白血病、慢性骨髄性白血病の急性転化、慢性リンパ性白血病)(皮膚白血病を含む)、顆粒球減少症(本態性、続発性)、紫斑病(血小板減少性及び血小板非減少性)、再生不良性貧血、凝固因子の障害による出血性素因
限局性腸炎、潰瘍性腸炎
重症消耗性疾患の全身状態の改善(癌末期、スプルーを含む)
劇症肝炎(臨床的に重症とみなされるものを含む)、胆汁うっ滞型急性肝炎、慢性肝炎(活動型、急性再燃型、胆汁うっ滞型)(但し、一般的治療に反応せず肝機能の著しい異常が持続する難治性のものに限る)、肝硬変(活動型、難治性腹水を伴うもの、胆汁うっ滞を伴うもの)
サルコイドーシス(但し両側肺門リンパ節腫脹のみの場合を除く)、びまん性間質性肺炎(肺線維症)(放射線肺臓炎を含む)
肺結核(粟粒結核、重症結核に限る)(抗結核剤と併用する)、結核性髄膜炎(抗結核剤と併用する)、結核性胸膜炎(抗結核剤と併用する)、結核性腹膜炎(抗結核剤と併用する)、結核性心嚢炎(抗結核剤と併用する)
脳脊髄炎(脳炎、脊髄炎を含む)(但し、一次性脳炎の場合は頭蓋内圧亢進症状がみられ、かつ他剤で効果が不十分なときに短期間用いること)、末梢神経炎(ギランバレー症候群を含む)、筋強直症、重症筋無力症、多発性硬化症(視束脊髄炎を含む)、小舞踏病、顔面神経麻痺、脊髄蜘網膜炎
悪性リンパ腫(リンパ肉腫症、細網肉腫症、ホジキン病、皮膚細網症、菌状息肉症)及び類似疾患(近縁疾患)、好酸性肉芽腫、乳癌の再発転移
特発性低血糖症
原因不明の発熱
副腎摘除、臓器・組織移植、侵襲後肺水腫、副腎皮質機能不全患者に対する外科的侵襲
蛇毒、昆虫毒(重症の虫さされを含む)
強直性脊椎炎(リウマチ性脊椎炎)
卵管整形術後の癒着防止、副腎皮質機能障害による排卵障害
前立腺癌(他の療法が無効な場合)、陰茎硬結
湿疹・皮膚炎群※(急性湿疹、亜急性湿疹、慢性湿疹、接触皮膚炎、貨幣状湿疹、自家感作性皮膚炎、アトピー皮膚炎、乳・幼・小児湿疹、ビダール苔癬、その他の神経皮膚炎、脂漏性皮膚炎、進行性指掌角皮症、その他の手指の皮膚炎、陰部あるいは肛門湿疹、耳介及び外耳道の湿疹・皮膚炎、鼻前庭及び鼻翼周辺の湿疹・皮膚炎等)(但し、重症時以外は極力投与しないこと)、痒疹群※(小児ストロフルス、蕁麻疹様苔癬、固定蕁麻疹を含む)(但し重症例に限る、また固定蕁麻疹は局注が望ましい)、蕁麻疹(慢性例を除く)(重症例に限る)、乾癬及び類症〔尋常性乾癬(重症例)、関節症性乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬、稽留性肢端皮膚炎、疱疹状膿痂疹、ライター症候群〕、掌跡膿疱症※(重症例に限る)、毛孔性紅色粃糠疹※(重症例に限る)、扁平苔癬※(重症例に限る)、成年性浮腫性硬化症、紅斑症(多形滲出性紅斑※、結節性紅斑)(但し多形滲出性紅斑の場合は重症例に限る)、アナフィラクトイド紫斑(単純型、シェーンライン型、ヘノッホ型)(重症例に限る)、ウェーバークリスチャン病、粘膜皮膚眼症候群〔開 口部びらん性外皮症、スチブンス・ジョンソン症候群、皮膚口内炎、フックス症候群、ベーチェット病(眼症状のない場合)、リップシュッツ急性陰門潰瘍〕、レイノー病、円形脱毛症※、(悪性型に限る)、天疱瘡群(尋常性天疱瘡、落葉状天疱瘡、Senear-Usher症候群)、増殖性天疱瘡)、デューリング疱疹状皮膚炎(類天疱瘡、妊娠性疱疹を含む)、先天性表皮水疱症、帯状疱疹(重症例に限る)、紅皮症※(ヘブラ紅色粃糠疹を含む)、顔面播種状粟粒性狼蒼(重症例に限る)、アレルギー性血管炎及びその類症(急性痘蒼様苔癬状粃糠疹を含む)、潰瘍性慢性膿皮症、新生児スクレレーマ
内眼・視神経・眼窩・眼筋の炎症性疾患の対症療法(ブドウ膜炎、網脈絡膜炎、網膜血管炎、視神経炎、眼窩性炎症偽腫瘍、眼窩漏斗尖端部症候群、眼筋麻痺)、外眼部及び前眼部の炎症性疾患の対症療法で点眼が不適当又は不十分な場合(眼瞼炎、結膜炎、角膜炎、強膜炎、虹彩毛様体炎)、眼科領域の術後炎症
急性・慢性中耳炎、滲出性中耳炎・耳管狭窄症、メニエル病及びメニエル症候群、急性感音性難聴、血管運動(神経)性鼻炎、アレルギー性鼻炎、花粉症(枯草熱)、副鼻腔炎・鼻茸、進行性壊疽性鼻炎、喉頭炎・喉頭浮腫、食道の炎症(腐食性食道炎、直達鏡使用後及び食道拡張術後)、耳鼻咽喉科領域の手術後の後療法、難治性口内炎及び舌炎(局所療法で治癒しないもの)
嗅覚障害、急性・慢性(反復性)唾液腺炎
※印の附されている適応に対しては、外用剤を用いても効果が不十分な場合あるいは十分な効果を期待し得ないと推定される場合にのみ用いることを示す。
以上、何ともはや多くの適応があります。(入力疲れた〜。)
糖質コルチコイドが、これほど多くの疾患に何らかの有効性を示すことについては、先に説明した「糖新生」のような生理的な作用だけでは、勿論説明できません。生理的な必要量を超えた薬用量の投与で、これらの疾患に効果が期待できるわけです。
それでは薬用量の糖質コルチコイドは、如何なる作用を持っているかということですが、最も代表的な作用として抗炎症作用と免疫抑制作用が挙げられます。上記のプレドニゾロンの適応症を参照してみると、「○○炎」といった疾患が多いことが目につきますね。それに加えて、リウマチやエリテマトーデスといった免疫異常が関連すると考えられている疾患や、臓器移植後の拒絶反応を抑制する目的でも使用されます。身近な例としては「ツベルクリン反応」の注射を行なう際の問診表に「副腎皮質ホルモン剤の投与を受けていますか?」なんて項目がありますが、これも副腎皮質ホルモン剤による免疫抑制反応のために、正しいツベルクリン反応を調べることができないような状況がないかを、事前に確認しておく必要があるためです。
抗炎症作用と免疫抑制作用については互いに密接な関係にあり、炎症反応は言ってみれば免疫反応に含まれるか、あるいはその延長線上にあると言って良いと思います。生体の免疫反応については種々の機構が働いているのですが、代表的な抗炎症作用としては「アラキドン酸カスケード」に対する作用が挙げられます。
アラキドン酸はシクロオキシゲナーゼという酵素の触媒を受けてプロスタグランジンを生成して炎症反応を引き起こしますが、シクロオキシゲナーゼを阻害する薬物(アスピリンなど)がプロスタグランジン生合成阻害作用を示すことにより抗炎症作用を示すことは別項でも触れました。副腎皮質ホルモン(糖質コルチコイド)は、この反応のもう一つ前の段階、つまりアラキドン酸の遊離を抑制する作用があります。
アラキドン酸というのは不飽和脂肪酸の一種で、細胞膜を構成する「リン脂質」と呼ばれる脂質の一成分として結合しています。このリン脂質からアラキドン酸を遊離させる働きを持つ酵素が「ホスホリパーゼA2」と呼ばれる酵素で、さらにこのホスホリパーゼA2を抑制性に制御しているタンパク質の存在が明らかにされていて、これを「リポコルチン」と呼んでいます。このリポコルチンというタンパク質は、細胞内のDNAから転写されて作られるタンパク質なのですが、副腎皮質ホルモン(糖質コルチコイド)は、この転写を刺激する働きがあるのです……。大変ややこしかったですね。でも実際には転写の過程でもっとややこしい機序が存在していますが、これ以上は適切な説明をする自信がないのでやめておきます。
もう一度、今度は逆方向から一連の流れを整理してみましょう。
糖質コルチコイドは、まず細胞内でリポコルチンと呼ばれるタンパク質を生成するDNAの転写反応を促進します。生成したリポコルチンはホスホリパーゼA2と呼ばれる酵素を抑制する働きがあり、ホスホリパーゼA2にはリン脂質からアラキドン酸を遊離させる働きがあるので、このホスホリパーゼA2が抑制されることにより、リン脂質からアラキドン酸が遊離されなくなり、アラキドン酸カスケードと呼ばれるプロスタグランジンを介した一連の炎症惹起反応が抑制される……と。
また、この他にも炎症過程や免疫機構に対する糖質コルチコイドの作用として、PAF(血小板活性化因子)の抑制作用、腫瘍壊死因子(TNF)抑制作用、インターロイキン1合成抑制作用、好中球プラスミノーゲン活性化因子産生を抑制する作用、マクロファージ遊走阻害因子(MIF)抑制作用などが報告されていて、一層複雑なものとなっています。
難しい言葉の並ぶ機序について書いてしまいました。実際には不明な点もまだまだ多いのですが、これらの複合的な作用によって、糖質コルチコイドはかくも多くの疾患に対して効果を示しているものと考えられています。
【糖質コルチコイド剤の副作用】
さて問題は副作用という事になりますが、上記のような複雑な生理作用と薬理作用を示すだけに、長期大量投与などでは副作用の発現頻度も高くなってしまいます。
代表的な副作用について以下に記載してみましょう。
〔高血糖〕
糖質コルチコイドの大きな特徴として、「糖新生」など糖代謝に影響を及ぼすことは生理作用の項でも触れました。この生理作用は本来はストレスなどから生体を守る働き、つまり重要な器官である脳や心臓のエネルギーを確保する目的があるのですが、薬物療法では通常の生理的な必要量以上の糖質コルチコイドを投与することが多いため、血糖値の上昇については、ある面では多かれ少なかれ出現してしまう副作用とも言えます。糖質コルチコイド製剤の投与期間が短い場合には、さして大きな問題とはなりませんが、長期間にわたる投与の場合には、糖尿病による合併症に準じた注意が必要となってきます。
とは言っても、副腎皮質ホルモン剤を長期間投与しなければならないような疾患においては、一概に糖尿病と同じような食事療法を行なうというわけにもいかず、原疾患の治療が優先されることになります。
〔感染症〕
糖質コルチコイドの大きな作用に免疫抑制作用があることは既に述べました。免疫抑制作用を治療に応用するような場合には、その分だけ細菌やウイルスなどに対する抵抗力が低くなることを意味しますので、感染症に対しては普段以上に注意が必要になります。
〔副腎の機能不全〕
先にも書きましたが、副腎皮質ホルモンの分泌は視床下部、下垂体による刺激ホルモンのコントロールを受けています。具体的には「負のフィードバック」と言って、副腎皮質ホルモンの分泌が増えると、視床下部からのCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)の分泌が抑制されて、結果として副腎皮質刺激ホルモン、ひいては副腎皮質ホルモンの分泌も抑制されるという機序が働いています。
従って、薬物によって外因性の副腎皮質ホルモンが投与された場合、常に「負のフィードバック」がかかってしまい、内因性の副腎皮質ホルモンが分泌されない状況を作り出してしまうことになります。この状況が続くと副腎の萎縮をきたしてしまい、結果として副腎皮質機能不全となってしまう可能性があります。もしそうなってしまった場合には、副腎皮質ホルモン剤を投与した原疾患が治癒したとしても、生涯にわたって生理量の副腎皮質ホルモン製剤の投与を続けていかなければなりません。
この副腎機能不全を予防するのに、最初の方で触れた「日内リズム」を応用します。
副腎皮質ホルモンの分泌は「朝」に高くて、「夕」にかけて徐々に低下していくというリズムがあるのですが、この状況を「負のフィードバック」に当てはめて考えると、「朝」は副腎皮質ホルモンの分泌が多いので「負のフィードバック」がかかり、これを受けて副腎皮質ホルモンの分泌量が「夕」にかけて徐々に低下していきます。夜には副腎皮質ホルモン分泌量が低下した状態になり、このとき逆に「負のフィードバック」が解かれ、「翌朝」にかけて徐々に副腎皮質ホルモンの分泌が上昇していくという過程を繰り返していることになります。
薬物療法においても、このリズムを活かすようにして副腎皮質機能不全を予防するようにします。つまり「朝」に内服するようにして「夜」の副腎皮質ホルモン分泌量の低い時間帯はそのまま残しておくわけですね。そうすることによって内因性の副腎皮質ホルモン分泌を刺激する機構が活かされ、副腎皮質の機能低下を予防することができるという訳です。実際にプレドニゾロンなどの薬を投与する場合でも、1日1回服用の場合は朝食後、1日2回服用の場合は朝昼食後の服用を指定されることも多く、例えば1日6錠を服用する場合では朝3錠、昼2錠、夕1錠というふうに指定されることが多いのも、副腎皮質萎縮を予防することに配慮したためです。
また、特に注意しなけらばならないこととして、薬用量の副腎皮質ホルモンを長期間投与してしていて、副腎の機能が低下したような状態で、、突然に投与を中止すると、原疾患の急激な増悪などを引き起こしてしまい、大変危険な状況を作り出してしまう恐れがあります。糖質コルチコイド剤による治療では、薬を少しずつ減らしていくのが基本です。患者さん個人の勝手な判断で突然服薬を中止することは、厳に慎むようにして下さい。
〔特有の脂質再分布〕
特有の脂質再分布というと何だかややこしそうですが、満月様顔貌(moon face)や野牛肩(buffalo
hump)と呼ばれる体の特定の部位への脂肪沈着を指しています。
満月様顔貌というのは、名前が示すように顔が丸くなる症状で、目につきやすい症状なので比較的有名な副作用です。野牛肩というのも頸の後部に脂肪が集まって沈着することを指していますが、この二つに限らず、薬用量の副腎皮質ホルモンを投与している場合には、総じて手や足などの末梢は細くなり、逆に体の中心部に脂肪が集まるようになってきます。
この理由については、先に触れた「高血糖状態」によって血糖値を下げるホルモンであるインスリンの分泌が促進されてくるのですが、インスリンは血糖値を下げて脂肪の生成を促進する作用があり、このインスリンに対する感受性が「副腎皮質ホルモン」の存在下において、四肢(手や足)では低い感受性、体の中心では高い感受性となり、結果として感受性の高い体の中心部(顔や肩など)において脂肪の形成が促進されるとの説があります。
〔消化性潰瘍〕
糖質コルチコイド服用により消化性潰瘍(ステロイド潰瘍とも呼ばれます)ができやすいというのは、比較的有名な副作用なのですが、その因果関係については否定的な報告もあるようです。しかしながら、同じ抗炎症剤であるアスピリンなどの酸性非ステロイド性消炎剤でも消化性潰瘍が有名な副作用であり、これら薬剤との因果関係については不明な点があるものの、糖質コルチコイドの副作用として消化性潰瘍は注意しなけらばならないことは確かなようです。
ステロイド潰瘍では出血や穿孔などの進行した症状が高頻度に出現するとされているので、併せて注意が必要となります。
〔精神変調〕
糖質コルチコイド剤による神経症、うつ症状、多幸症などの精神症状は、ある意味で最も注意しなければならない副作用です。というのは、うつ状態からの自殺願望も起こりうるためで、これにより投与中止をやむなく迫られることもあります。患者さんが亡くなられては「何のための治療か?」わかりませんから……。
糖質コルチコイド剤による治療を受けてみえる患者さんでは、不安や神経症などはある面「薬のせい」と割り切ってしまうのも大切かもしれませんね。でなければ自分一人の心にとどめずに、主治医によく話されることが重要と思われます。(ほんと大事!!)
〔骨粗鬆症〕
糖質コルチコイドには、腸管からのカルシウムの吸収を減少させ、また腎臓からの排泄を促進させる作用も持っています。その結果として血中のカルシウムイオン濃度が低下してしまうのですが、これに対して生体は血中カルシウムイオンを戻すために、「上皮小体ホルモン」と呼ばれるホルモンを分泌する機構が働きます。この機構では、本来は腸管からのカルシウム吸収を促進し、骨からのカルシウムイオン放出をする作用を持っていますが、糖質コルチコイドの作用によって腸管からのカルシウム吸収が抑制されているために、血中カルシウムイオン上昇作用は骨に対する依存度が高まってしまうことになり、結果として骨粗鬆症を招いてしまう恐れがあるわけです。もちろんこの副作用は急激にあらわれるものではなく、糖質コルチコイドを長期間服用した場合に懸念される副作用になります。このため糖質コルチコイドを長期間服用する場合には、定期的な検査も必要となります。また更年期の女性においては、エストロゲン(女性ホルモン)の低下も骨粗鬆症の重要な要因であることが知られているため、特に注意が必要です。
〔その他の副作用〕
糖質コルチコイドによる副作用として、他には白内障、緑内障、月経異常、筋肉痛、ざ瘡(にきび)、多毛などが知られています。
糖質コルチコイド剤による薬物療法では、上記のような副作用に対する懸念があるものの、多くの疾患で依然として最も重要な薬であることに間違いありません。しかも軽症の疾患には用いられません。つまり副作用の懸念を考慮した上で、「それでも必要」となる疾患にのみ投与される薬剤です。そのために服用にあたっては、コミュニケーションをしっかりとって、効果的な治療ができるように努めたいものです。