糖尿病の薬
【糖尿病について】
糖尿病はラテン語でdiabetes
mellitus と呼び、その意味は「尿がたくさん出て、しかもその尿は甘い」ということを表わしています。この言葉に由来して、医療機関では糖尿病のことを「DM」と略して呼ぶことが多いものです。
日本語の糖尿病という病名から「尿に糖が出る病気」というふうに理解される方も多いようですが、正確に言うと「糖尿病とは、インスリン(※)というホルモンの作用が足りなくて、血液中のブドウ糖(血糖)をうまく利用できなくなり、血糖値が異常に高くなる病気」ということになります。このインスリンについて少し触れてみます。
※インスリンとは?
インスリンは膵臓のB細胞(β細胞とも呼ばれます)から分泌されるホルモンで、血糖値を下げる働きがあり、同じように膵臓のA細胞(α細胞とも呼ばれます)から分泌されるグルカゴンと呼ばれる血糖値を上昇させるホルモンとの間で、血糖値を適切に保つように調節する働きがあります。例えばグルカゴンにはインスリンの分泌を促進する作用があり、逆にインスリンではグルカゴンの分泌を抑制する作用があるとされています。
インスリンの最も大きな作用としては、主に筋肉や脂肪組織の細胞にブドウ糖(グルコース)を取り込ませる作用があります。筋肉に取り込まれたブドウ糖はエネルギーとして利用されたり、筋肉が活動していない場合には、グリコーゲンと呼ばれるブドウ糖の重合体を作って必要時に備えるようになるほか、脂肪組織では中性脂肪の原料となってエネルギーを貯えるようになります。また、インスリンは他にも肝細胞でブドウ糖からグリコーゲンやタンパク質の合成過程を促進する作用もあり、これらの結果として血糖値を下げる効果を発現するわけです。
血糖値については、インスリン分泌による「負のフィードバック」によってコントロールされています。これは血液中のブドウ糖の濃度が高くなった場合には、それを膵臓のB細胞が検知してインスリンを分泌するように働き、ブドウ糖を利用するなどによって血糖値を下げるというわけです
糖尿病はインスリンの分泌状態によって、大きく次の2つのタイプに分けられ、それぞれによって治療法も異なってきます。
@インスリン依存型糖尿病(IDDM)
子供によくみられる糖尿病で、発症年齢は30歳未満が一般的なので、かつては若年型糖尿病と呼ばれていました。肥満との関連も無いとされています。IDDMではインスリンを分泌する膵臓B細胞が、自己免疫作用によって破壊され、インスリンの分泌が絶対的に不足してしまう病気で、この場合にはインスリン注射によってしか血糖値をコントロールすることができません。発病の原因については色々な説がありますが、HLA−Dというヒト組織適合抗原との関連性が指摘されているほか、ある種のウイルスがIDDMを惹起するとの説もあります。遺伝性については、双生児の同時発生率が50%以下であることから、強い遺伝性を示唆するものとも言えないようです。ちなみに次に挙げるNIDDMでは、双生児の同時発生率は90%以上とされており、遺伝の因果関係が強く示唆されています。
Aインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)
このタイプでは、インスリンは分泌されるものの、その出方が少なかったり効果が低かったりするなど相対的に不足してしまうために、血液中のブドウ糖が効果的に利用されないことにより起こる糖尿病です。こうして血糖値が高くなると、多すぎるブドウ糖が悪影響を及ぼし、インスリンの出方がますます遅くなり、インスリンの効きかたがさらに悪くなるという悪循環に陥ってしまいます。これがNIDDMの発病と進行のメカニズムです。このタイプの糖尿病は、日本では糖尿病全体の95%を占めています。IDDMとは、逆に発症年齢は30歳以上が一般的で、肥満との因果関係も強く指摘されているほか、遺伝による影響も指摘されています。食生活の変遷に伴い、NIDDMの患者さんは年々増大傾向にあり、関心を集めています。
【糖尿病の症状】
2つのタイプの糖尿病いずれにしても、インスリンの不足によって高血糖状態が続いた場合、通常では尿中に排泄されないはずのブドウ糖が排泄されてしまうようになります。これは腎臓の糸球体というところで血液中から濾過されたブドウ糖が、正常の範囲内であれば100%再吸収できるものの、許容範囲(血糖値170〜180mg/dl)を超えてしまうと、全て再吸収できずに尿中に排泄されてしまうわけです。これに伴い、尿中のブドウ糖の存在が浸透圧利尿作用、つまり正常の尿の成分とは別にブドウ糖が存在することによって尿の浸透圧が上昇することによって水分が尿中に留まり、多尿を引き起こします。さらにこの多尿は血漿水分を減らしてしまうことになるため、今度は口渇をもたらします。
またインスリン欠乏によって起こる高血糖状態では、ブドウ糖は脂肪や筋肉の細胞に取り込まれなくなり、結果として細胞内でのブドウ糖不足をもたらしてしまいます。この場合エネルギー源として、細胞内に貯えられているグリコーゲンや脂肪、タンパク質を分解して利用するようになり、体が痩せてくるようになります。
また、脳の視床下部というところには空腹中枢と呼ばれる部位があります。この空腹中枢では血糖値の低下を検知して「お腹が空いた」という司令を出すのですが、インスリンの不足では空腹中枢へのブドウ糖の取り込みも抑制されてしまうので、常に空腹を感じるようになってしまい、結果として多食の現象をもたらしてしまうという悪循環に陥ってしまいます。
【糖尿病の合併症】
インスリンの登場以降、それまでは糖尿病は「死」につながる重大な病気であったものが、コントロールしていくという病気に変わってきました。しかし長期間にわたるコントロールを続ける必要があるので、今度は合併症についての対策も必要となってきます。糖尿病の三大合併症として有名なのが、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害です。前二者は、高血糖状態の持続により細い血管に対する障害をもたらしてしまうというものです。これにに対し、神経障害は神経内ソルビトールの蓄積によるものと考えられています。これらの合併症が進行してしまうと、糖尿病性腎症では腎不全となり人工透析導入、糖尿病性網膜症では失明、糖尿病性神経障害では神経麻痺により火傷や外傷をきっかけとして壊疽を引き起こしてしまい、足の切断などの処置をしなければならなくなる危険性が出てきます。
そこで注意したいのは、糖尿病の診断を受けたら定期的に眼科を受診するなどして、合併症のチェックをしておくことです。眼底検査で血管の状況を把握しておくことは、ある程度は腎臓の血管の状況を把握することにも繋がります。
【糖尿病の薬物療法】
糖尿病の治療における薬物療法について、まずインスリン依存型糖尿病(IDDM)ではインスリン注射が不可欠となります。もう一方のインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)ではインスリン注射以外にも、経口血糖降下剤による効果が期待できます。また最近ではこれらの血糖値を下げる薬の他にも、糖尿病性神経障害を予防する薬や、食事の吸収を遅延させて食後高血糖を抑える薬も登場してきているほか、新たにインスリンの抵抗性を改善させる薬も近々に発売される見通しとなっており、比較的新薬の多い分野であるといえます。
以下に糖尿病に用いられる薬の分類と代表的な商品名を挙げて順次説明してみます
インスリン注射製剤− ヒューマリンNU、ヒューマリンRU、モノタードヒューマン、アクトラピッドヒューマン、ペンフィル、ノボリン、ノボレットなど
スルホニル尿素系血糖降下剤− ラスチノン、オイグルコン、ダオニール、ジメリン、ダイヤビニーズ、グリミクロンなど
ビグアナイド系血糖降下剤− グリコラン、メルビン、ジベトンS、ジベトスBなど
α−グルコシダーゼ阻害剤− グルコバイ、ベイスン
アルドース還元酵素阻害剤− キネダック
インスリン抵抗性改善剤− ノスカール
1.インスリン注射製剤
既に述べたようにIDDMでは不可欠の治療法であるほか、NIDDMにおいても経口血糖降下剤にて十分なコントロールが得られない場合や、妊娠中の高血糖など経口血糖降下剤が使えない場合に、インスリンの注射療法が行われます。インスリンそのものはタンパク質であるため、内服では効果は期待出来ません。通常は皮下に注射します。
インスリン注射療法の究極の治療は、健常人のインスリン分泌パターンと同じインスリン注入を行なうことですが、実際にはそれだけ綿密に注入していく事は難しく、まして長期間持続させるのは大変です。そこでインスリン製剤に持続性を持たせ、患者さん個々の病態なども考慮した上で適切な製剤を選択していくことになります。
インスリンは以前はウシやブタの膵臓から抽出したインスリンを使用していましたが、これらのインスリンではヒトインスリンと比較すると、構成するアミノ酸の配列が一部違っているため、一部の患者さんで抗原性を発揮して過敏症を誘発してしまいます。ところが最近の遺伝子組み替えの技術によって、ヒトインスリンと全く同じアミノ酸配列のインスリンを合成することができるようになり、現在ではもっぱらこのヒトインスリンが使われるようになりました。
インスリン製剤は、その持続性によって「速効型」、「中間型」、「遅効型」に分けられますが、実際には中間型の中にもいくつかのタイプがあります。「速効型」インスリンは透明な液体で、作用発現が速いものの持続時間も短くなってしまうため、きめの細かいインスリン注射ができる反面、注射回数が増えてしまうという欠点もあり、他の「中間型」「遅効型」などの製剤と組み合わせて用いられることが多いものです。中間型では各種製剤によって差はあるものの、おおむね1日2回の注射ですむような持続時間を示します。最近では速効型と中間型を一定の比率で混合した製剤(ペンフィル30Rなど→30%が速効型で残り70%が中間型)もよく使われています。「遅効型」では1日1回の注射で済むのですが、反面至適投与量の決定が難しい面があるので、治療の初期に使うことは少なく、安定してきた場合に選択されるような製剤といえます。なお「中間型」や「遅効型」の製剤では懸濁した注射剤になっていますが、これはインスリンの持続性を持たせるために工夫してあるためで、用時軽く振とうして均一な液とした後に使用しなければいけません。
インスリン注射の副作用としては、まず第一に「低血糖」があります。これは後で触れる経口血糖降下剤でも同様に起こりうる副作用ですが、簡単に言えば血糖降下作用の効き過ぎた状態になって血糖値が下がり過ぎてしまうもので、一般に血糖値が50mg/dl以下になるとはっきり症状があらわれます。
低血糖の誘因としては、薬の量が多すぎたとか食事時間の遅れ、空腹時の運動や過激な運動、腎機能の低下、他の疾患のための薬を併用して血糖降下剤の作用が増強された、などがあります。「低血糖の症状」としては、急激な強い空腹感、動悸、脱力感、冷や汗、手足のふるえ、二重視、眼のちらつき、頭痛などがあり、他にもぼんやりしたり、ふらついたり、いつもとは人が変わったような異常行動をとる事もあります。さらに低血糖状態が進行すると、けいれんを起こしたり、意識を失ったりします。低血糖の初期症状である動悸や手足のふるえについては、生体が低血糖状態に反応して血糖を上昇させようとする結果、交感神経が興奮するために起こる症状になります。従って交感神経の興奮状態、例えば大勢の人前で話すときなどで緊張してドキドキしたり手足が震えたりする状況を想定していただいて、これと同じことが低血糖状態の初期において起こると思って下さい。
こうした低血糖症状が起きた場合には、原因が低血糖によるものなので、血糖値を上昇させることが最善の処置という事になります。従って糖分を補給するように心がけます。このときになるべく吸収の良いものを選ぶことがポイントで、砂糖を10〜20gくらい摂取するように心がけて下さい。理想としては普段から砂糖を持ち歩くことがベストですが、もし砂糖が身近に無い場合には、砂糖にこだわらずに糖分を多く含んだジュースなどで代用しても構いません。吸収の遅い食品では、低血糖症状を速やかに解消するには不適ですが、それでも摂取しないよりは「マシ」です。
さらに低血糖が進行してしまって、自力で糖分の摂取ができないような状況では、家族の方に用意してもらうことも必要となります。また意識を失ってしまっている時には、大至急医療機関へ搬送するようにしなければいけません。このため低血糖については周囲の方に理解しておいてもらうことも大切です。
なお、後述の「α−グルコシダーゼ阻害剤」を投与している患者さんでは、低血糖時における処置としての砂糖摂取は吸収が遅れてしまいます。この理由については、小腸では単糖(ブドウ糖など)の形で吸収されるのに対して、「α−グルコシダーゼ阻害薬」投与によって、二糖類である砂糖が単糖に分解されるのを遅らせてしまうことによります。つまり砂糖摂取による速効性が期待出来なくなってしまうわけです。そのため「α−グルコシダーゼ阻害薬」の投与を受けている方は、最初から単糖である「ブドウ糖」を持ち歩くように心がける必要があります。但し身近に砂糖しか無いような状況では、やはり砂糖でも摂取した方が「マシ」ではあります。
次にインスリン注射の副作用としては、注射部位の脂肪組織の萎縮や肥大が起こることがあります。特にインスリン注射療法は長期間継続することが多いため、注射部位の副作用頻度が増えてしまうわけですが、皮下脂肪の萎縮については、インスリンに対する免疫反応が関与していると考えられているほか、脂肪組織の肥大についてはインスリンの局部的な高い濃度による脂質生成作用によるとされています。これらを未然に防ぐためには、注射部位を適宜変更するようにします。しかし注射部位の変更に伴って効果発現に差が生じることもあるので、主治医とよく相談しておくことも大切です。
また最近は少なくなりましたが、インスリン注射によるアレルギー反応の副作用もあります。先に記したウシ・ブタのインスリンではアレルギーも多かったのですが、ヒトインスリンが合成されるようになってから大きく減少してきています。しかしゼロになったわけではなく、この理由については変性したインスリンによるものや、持続性を得るために加えられている「プロタミン」や「亜鉛」などの物質によるアレルギーも存在します。
ここで一つ注意したいのですが「ヒトインスリンによる低血糖」では、以前のウシ・ブタインスリンによる低血糖と比較して初期症状が出にくいことが当初言われました。最近ではもっぱらヒトインスリンが使われているので、あまり話題になっていないかも知れませんが、初期症状が顕著に出ないことで、気付かないうちに重篤な低血糖へと移行しやすいとの懸念もあるので、心に留めておかれると良いかと思います。
2.スルホニル尿素系血糖降下薬(SU剤)
経口血糖降下薬として圧倒的に使われる頻度が高いのが、この「スルホニル尿素(SU)系」に分類される薬(SU剤とも呼ばれます)で、主たる作用機序は「膵臓のB細胞に作用してインスリンの分泌を促す」ことによります。従って膵臓B細胞のインスリン分泌能力が絶対的に欠落しているインスリン依存型糖尿病(IDDM)の患者さんでは、この系列の薬で効果は得られません。
膵臓B細胞に対してSU剤は細胞表面の受容体に作用した結果、細胞内へのカルシウムイオン流入を促進することが知られており、このカルシウムイオン流入をきっかけとしてインスリン放出に関連したタンパク質がリン酸化を受けた結果、インスリンが分泌されるようになると考えられています。この作用をSU剤の「膵作用」と呼んでいて、主たる作用であることに変わりありませんが、最近ではSU剤の「膵外作用」、つまり膵臓以外に作用して血糖値を低下させる作用があることも指摘されており注目されています。これはインスリン分泌上昇が無いにもかかわらず血糖降下作用を示すことが報告されたことから始まり、細胞膜上にあるインスリン受容体の数を増加させることでインスリン作用が効率よく発揮されるという説や、肝臓からのブドウ糖放出を抑制する説、あるいは血糖を上昇させるホルモンであるグルカゴンの分泌を抑制するなどの説もあります。
またSU剤の中で、グリクラジド(グリミクロン)という薬剤では、血糖降下作用の他に動物実験で血小板機能抑制作用、抗血栓作用、血管壁プロスタグランジンT2産生促進作用、線溶能亢進及び血管透過性抑制などの作用が報告されており、これらの作用では虚血性心疾患の予防効果も期待できる可能性があるといえます。したがって、虚血性心疾患のリスクの高い患者さんに対して用いられることも多い薬剤です。
SU剤の副作用については、まず第一にインスリンの項でも記した「低血糖」が挙げられます。やはり薬剤の効果が強くあらわれるために起こる症状なので、薬の量が多すぎた場合や、食事を抜いたり量が少なかったりした場合、激しい運動をした場合などに起こりやすいものです。低血糖に対する対処の仕方については、やはり糖分の摂取が第一で、このときα−グルコシダーゼ阻害剤を併用している場合には「ブドウ糖」を摂取するように注意します。
またSU剤の投与を受けている患者さんでは、アルコールに弱くなる傾向もあります。これは「ジスルフィラム様作用」と呼んでいますが、アルコールは通常「エタノール→アセトアルデヒド→酢酸」という過程を経て代謝されていく中で、その反応を触媒する酵素の働きが阻害されると、毒性の強いアセトアルデヒドが蓄積する傾向になり、普段アルコールに強い人が、アルコールに弱い人と同じように顔面紅潮をきたしてしまって「こんな筈じゃ無いのに!」というようになるわけです。もともと糖尿病に対してアルコール摂取は好ましくない事は有名ですから、これを機会に禁酒するのも良いかと思われます。
その他の副作用としては、頻度は少ないものの無顆粒球症、再生不良性貧血、溶血性貧血、過敏症なども報告されていますので、発熱やふらつき、皮膚症状が出るようならば、速やかに受診するように心に留めておいて下さい。
SU剤はまた、他の薬との相互作用にも注意する必要のある薬剤になります。これは血糖コントロールが乱れる原因になってしまう可能性があるためで、SU剤の効果を強めてしまう薬としては、インスリンやビグアナイド系血糖降下剤、αグルコシダーゼ阻害薬などの糖尿病の薬は勿論のこと、アスピリンなどの非ステロイド性鎮痛鵜消炎剤、ピリン系の薬剤、ワーファリン、β遮断剤、サルファ剤、テトラサイクリン系抗生物質、フィブラート系高脂血症用剤などがあり、反対に血糖降下作用を弱めてしまう薬剤としては、エピネフリン、副腎皮質ホルモン剤、甲状腺ホルモン製剤、卵胞ホルモン製剤、利尿剤、イソニアジド(抗結核薬)、ニコチン酸誘導体製剤、フェノチアジン系向精神薬などがあります。とは言っても何のこっちゃ判りませんね……。大切なのは糖尿病以外の疾患で受診される場合などでは、「自分は糖尿病で、経口血糖降下剤の○○という薬を服用している」という事を、必ず申し出るようにしてください。これにより出来るだけ影響を与えない薬を選択されるようになるわけです。
3.ビグアナイド系血糖降下剤
この系列の薬は、副作用の「乳酸アシドーシス」が問題点となり、我が国では使用される頻度が非常に少ない薬剤で、過去の薬になりつつあるとみられていたのですが、最近になって見直されるようになりました。ビグアナイド系血糖降下剤では、膵臓B細胞に対する刺激作用が無く、過剰量を服用しても正常人では低血糖を起こさないというメリットもあります。(低血糖の副作用も報告されてはいますが……)
作用機序としては、嫌気的解糖作用による糖利用の増大、「糖新生」の抑制、糖の腸管吸収を抑制する作用、末梢組織でのインスリン増強作用などが考えられています。このうち嫌気的解糖作用による糖利用の増大については、先に述べた「乳酸アシドーシス」との密接な繋がりがあります。ブドウ糖がヒトの重要なエネルギー源であることは改めて申し上げるまでもありませんが、ブドウ糖をエネルギーとして利用する上で大切な経路に「嫌気的解糖系」と「クエン酸回路(TCAサイクル)」と呼ばれる一連の過程があります。前者の嫌気的解糖系はブドウ糖から最終的にピルビン酸を生成していく経路で、この反応系では酸素を必要としません。このため「嫌気的」という言葉がついているのですが、この嫌気的解糖系で生成したピルビン酸は、次に「クエン酸回路」に入ってATPなどの形のエネルギーを作り出していきます。このクエン酸回路は「好気性」、つまり酸素の存在を必要とする反応系となっています。という事は、酸素の不足しているような状況では、前者の「嫌気的解糖系」は問題なく流れるのに対し、「クエン酸回路」は順調に流れないような状況が生まれてきます。このような状況
では「嫌気的解糖系」で生成したピルビン酸が蓄積してしまいますが、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素の働きで乳酸に変換される反応があります。この乳酸が増えることによって組織が酸性側に傾いて乳酸アシドーシスの状態になってしまうことになります。身近な例としてマラソンなどの激しい運動をした後に筋肉痛を起こしますが、あれも運動で使うエネルギーに対して相対的に酸素不足の状態となって、「嫌気的解糖系」が「クエン酸回路」よりも優位に流れたことによって、ピルビン酸ひいては乳酸の蓄積で酸性に傾いた結果、筋肉痛を起こしてしまうわけですね。ですから運動後にアルカリイオン飲料を摂取するのも、酸性状態を改善する目的であって意味の無いことではないのです。
話がずれてしまいましたが、ビグアナイド剤による作用機序として嫌気的解糖系を促進する結果として、運動をした後と同じように乳酸の蓄積が起こってしまって「乳酸アシドーシス」の状況になってしまう可能性があるという事になります。ひどい場合は昏睡状態となってしまうこともあるので、初期症状に注意しておくことが大切です。初期症状としては、悪心、嘔吐、下痢、腹痛などの胃腸症状や倦怠感、筋肉痛、過呼吸などがあらわれるため、このような場合には速やかに受診するようにして下さい。その他の副作用としては、食欲不振、悪心・嘔吐などの消化器症状(乳酸アシドーシスの前駆症状のこともある)、貧血、血小板減少、白血球減少なども報告されているので、併せて注意が必要です。
4.α−グルコシダーゼ阻害剤
αグルコシダーゼ阻害薬は比較的新しい分類の薬で、主な作用機序は糖質の消化吸収を遅らせることによります。
私たちが食物を摂取した場合、まず胃である程度消化された後、さらに小腸で細かく消化されて吸収されていきます。糖質(砂糖やデンプン)では、糖の最小単位である単糖(ブドウ糖)にまで分解された後に吸収されるのですが、この最小単位であるブドウ糖へと分解されるのを触媒する酵素が「αグルコシダーゼ」呼ばれる酵素です。このαグルコシダーゼを阻害するのが、この系列の薬の主な作用機序というわけですが、最終的には全て吸収されるので摂取カロリーを減らす効果はありません。単に吸収を遅らせるのみで、これによって普通は食後に急激に上昇する血糖値を、低く抑えることが期待出来るわけです。また吸収が遅延して食後の急激な高血糖が抑制されると、二次的に血中インスリン高値も抑えられることとなり、このことが組織のインスリン抵抗性を間接的に改善することにも繋がるとされています。この系列の薬は食後服用では本来の効果を得るには遅すぎるので、より効果的に作用することを目的として食直前に服用するように指示されます。
副作用としては、まず第一に血糖降下剤と併用した場合の「低血糖症状」で、(再度触れますが)本系統の薬を服用している場合には、低血糖時の緊急処置として糖分を補給する場合に、砂糖などの二糖類では本剤の分解抑制作用が邪魔になって、速やかな血糖上昇が期待できなくなってしまいます。このため初めから単糖である「ブドウ糖」を摂取する必要があります。「低血糖」については、普通は血糖降下剤と併用した場合にのみ注意を要するとされてきましたが、最近の報告では併用していない、つまりα−グルコシダーゼ阻害薬単独投与での「低血糖症状」も報告されました。従って本系統の薬を投与されている場合には、併用薬にかかわらず「ブドウ糖」を持ち歩くように心がける必要性が出てきました。
他の副作用として、頻度が高くて有名なのが「放屁増加(おならがよく出る)」です。特に投与初期に多くみられる副作用なのですが、これは本系統の薬剤によって吸収が遅れた糖質が、小腸では吸収出来なくて大腸にまで到達してしまった場合に、大腸の常在菌によって分解、醗酵を受けて炭酸ガスや水素ガスを発生するために起こるもので、放屁増加あるいは腹部膨満といった症状としてあらわれます。この副作用は接客業などの職業についてみえる方では「大変苦痛(精神的苦痛もある?)」となってしまうものですが、できるだけこの副作用を抑える目的で、初回投与量を低めに設定して徐々に投与量を増やしていくようにすると、だんだん慣れてきます。(放屁増加に慣れるのではありません。小腸が吸収遅延に慣れてきて、未消化の糖質が大腸に到達する以前に吸収するようになるということです……あー良かった)
なお、ラクツロース(商品名モニラックなど)という薬は高アンモニア血症や小児の便秘に対して用いられている薬で、α−グルコシダーゼによって分解されない二糖類の製剤なのすが、同じような理由で放屁増加、腹部膨満の副作用を有しているので、本系列の薬との併用は禁忌となっています。
5.アルドース還元酵素阻害剤
この系列の薬で発売されているのは現在1種類のみで、エパレルスタット(商品名キネダック)と呼ばれる薬です。この薬は血糖値を下げるという薬ではなく、糖尿病の重大な合併症の一つである糖尿病性神経障害を予防する薬です。先のビグアナイド系経口血糖降下薬の項で「嫌気的解糖系」について触れました。ブドウ糖(グルコース)は主にこの解糖系を経てエネルギーを産生していくのですが、血糖値が高い状態が続くと解糖系でのブドウ糖利用が限界に達し、これとは別にソルビトールを生成する過程(ポルオール代謝系と呼ばれる経路です)を触媒するアルドース還元酵素が活性化されるようになってきます。この経路では生成されたソルビトールは、さらにフルクトースへと変換されるのですが、ソルビトールからフルクトースを生成する反応は非常に遅く、これによって細胞内にソルビトールが蓄積してくることが、糖尿病性神経障害に重要な役割を果たすと実験的に証明されています。糖尿病性末梢神経障害の患者さんでは、神経などの細胞内にソルビトールが蓄積した結果として、細胞内の浸透圧上昇、水分流入、浮腫、アノキシア(酸素欠乏症)が起こるために、細胞機能が障害されるも
のと考えられています。また神経障害とは別に糖尿病性白内障についてもソルビトール蓄積との因果関係も指摘されています。アルドース還元酵素阻害剤はソルビトール生成を阻害することによって糖尿病性神経障害を予防する効果が期待出来るというわけです。なおエパレルスタットという薬は、食事の影響によって薬物の吸収が著しく低下するため、通常は空腹時の食前30分に服用するように指定されるようになっています。
またエパレルスタットを使用する対象の患者さんとしては、HbA1c7.5%以上またはHbA1
8.5%以上を目安として投与し、12週投与しても効果がみられない場合には、投与を中止することと規定されています。
副作用としては下痢など消化器症状、過敏症、めまい、頭痛、脱力感などが報告されています。また本剤投与により、尿が黄褐色又は赤色を呈することがありますが、心配は要りません。
6.インスリン抵抗性改善剤
この系列の薬は新しい分類の薬です。インスリンによる血糖降下作用として、組織におけるブドウ糖取り込みを促進する作用がありましたが、この作用発現にはインスリンが細胞の受容体(インスリン受容体)と結合する事から始まるとされています。このインスリン受容体にインスリンが結合したことを受けて細胞内で幾つかの反応が惹起された結果、細胞内でのブドウ糖利用が促進されるとともに、細胞内へのブドウ糖の取り込みが促進されるという事ですが、「インスリン抵抗性改善剤」では、この一連の過程のいずれかに作用することによってインスリンの働きを助ける効果があるとされています。現在考えられているところでは、@インスリン受容体レベルへの作用、A受容体以降のシグナル伝達、糖輸送体を含めた糖代謝調節レベルとに大別され、他にもB血清脂質レベル低下への可能性も示唆されています。
なお、動物実験の成績から、この系統の薬の効果発揮には内因性インスリンの存在が不可欠であることがわかっています。従ってインスリン作用を増強して糖代謝を是正することは明らかですが、今後の情報も待ちたいと思います。
副作用については、最近になって重篤な肝障害を引き起こした例が報告されました。頻度は高くないと思われますが、1997.11.に報告された3例では、肝機能検査値のGOTやGPTが、いずれも著明な上昇を示し、そのうち1例が死亡に至っているので、今後さらに厳重な注意が必要でしょう。他には貧血や浮腫、消化器症状が報告されており、このうち浮腫(むくみ)については、当初女性に多いといわれていたので、服用されてみえる方は、この点も注意してみて下さい。
このような全く新しいタイプの新薬(俗にピカ新と呼ばれることもあります)では、画期的な効果が期待できる反面、これまで報告されていなかった思わぬ副作用があらわれてしまう危険性もあるので、服用されている場合には、ちょっとした変化でも、すぐに主治医に報告するように心がけることが大切です。
※補足
【糖尿病食事療法におけるカロリーの基本】
糖尿病では、食品交換表で「1単位80kcal」を基本とした食事療法が指導されています。とは言っても、全ての食品の単位数を覚えるのは、なかなか難しい面がありますが、次の基本を参考にされると、理解しやすいかもしれません
糖質1g = 4kcal
蛋白質1g = 4kcal
脂質1g = 9kcal
アルコール1g = 7kcal
【ヘモグロビンA1】
ヘモグロビンA1(HbA1)というのは、糖尿病の血糖コントロール状態を知る上で重要な検査値となっています。
血中のブドウ糖成分は、赤血球中のヘモグロビンと結合してグリコヘモグロビン(HbA1のこと)を形成しますが、血中のブドウ糖濃度が高いとHbA1が増量してきます。この反応は不可逆的で、赤血球の寿命である120日間血中に存在します。HbA1の全ヘモグロビンに対する割合(正常値5.9〜7.9%)は、血糖値の高い状況においては有意に高くなり、その比率は長期間にわたる血糖値の種々のパラメーターと相関するので、HbA1を測定すれば2〜3ヶ月前からの高血糖の状態を推定することができるわけです。